Collaboration Talk Series vol.7  tofubeats × 濱口竜介

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  • 2018.08.31

Collaboration Talk Series vol.7
tofubeats × 濱口竜介

『こらぼる』とは…
異なるステージ、異なるフィールドで活躍する2人が、聞き手と話し手をシフトしながら、それぞれの「核心」について発見し合う、1対1のコラボレーション・トーク連載。

今回、対談するのは、カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品も果たした最新作『寝ても覚めても』の公開を間近に控える映画監督、濱口竜介。そして、全編5時間を超える濱口監督の前作『ハッピーアワー』に深い感銘を受けたことをきっかけに親交を深め、『寝ても覚めても』の劇伴および、主題歌「RIVER」を手掛ける神戸在住の音楽プロデューサー/DJのtofubeats。主題歌「RIVER」の成り立ちを振り返りながら、創作者の垣根を超えて、2つの眼差しが交差する。

(撮影: 中西真基 / 構成: 川端哲生)

 

 

『寝ても覚めても』で達成しているものって、僕達が3枚目や4枚目の作品でようやく辿り着けるバランス感だと思う。(tofubeats)

■『ハッピーアワー』から『寝ても覚めても』へ

 

tofubeats(以下、tofu): 今回は制作者の一端を担っているので、僕の感想にどれくらいの客観性があるか分からないですけど、この映画を見終わった後の気分はこの映画でしか感じられないものですよね。それは不安感でもあり、同時に安心感でもある。ここ最近では感じられなかった非常に面白い映画体験でした。

 

濱口: 光栄です。観た後で「どう感じたらいいか分からない」、まさにそんな気持ちになって欲しい思いがあるので、制作者の一人であるトーフさんにそう言ってもらえて嬉しいです。映画と原作小説との違いは感じましたか?

 

tofu: 小説の方が”浪花”感は強いとは思いました。僕は神戸の人間ですけど、そういう僕からみても柴崎友香さんの小説には大阪っぽさというのがあって、と言っても泥臭い人情モノというベタな意味ではなくて、関西の人間なら頷いてしまうようなリアルな意味での絶妙な大阪っぽさなんです。この映画にもそれは受け継がれていると思いました。伊藤沙莉さんについては純粋に関西人にしか見えなかったですけど。

 

濱口: それ、皆に言われます。柴崎さんも試写の後で、伊藤さんの大阪弁に驚いていました。

 

tofu: 僕も映画のラッシュを観た時の最初の感想が伊藤さんの大阪弁についてでした。女優さんとして存じあげてはいたんですが、感動を覚えるレベルで。きっと彼氏が大阪の人なんちゃうかな、とか勝手に想像していましたから(笑)ただ、この映画にはイントネーションの上手い下手ではなくて、関西弁自体の持つリズムが重要なんだろうなと思いました。柴崎さんの小説も関西弁のリズムを大切にしていて、映画の会話にそれは受け継がれている印象はあったので。そもそも濱口さんって大阪弁というか、方言がお好きなんですよね。

 

濱口: そうですね。標準語はどうしても鯱張るところがあるけど、方言は暮らしの言葉として会話のリズムが出やすいので。会話については、原作を活かしながらも変えたり足したり削ったりはしていて、映画として、物語を進めていくならこうあるべきだなって方針で、再構築していく大変さはありましたね。

 

tofu: 小説の分量に対して、ある程度は掻い摘んでいかないと120分には収まらないというのは撮影前にも仰っていましたよね。原作を読んでいたので、最初に台本を頂いた時は尺の違いに驚きました。尺の話で言うと、前作『ハッピーアワー』(2015)から大きく変わった部分でもありますよね。5時間の映画を撮った後に2時間の映画を撮るのは相当難しいだろうなって思っていたんですけど、今回はさらに初の商業映画ということで、東出さん主演という時点で全く想像がつかなかったんです。だけど出来上がった映画をみて、『ハッピーアワー』と変わらないテンションというか、変に尊大な規模感が出ていなくて、濱口さんの土俵でちゃんと成立しているように見えるのが素晴らしいと思いました。前作と比べたら有名な俳優さん達が出演しているかもしれないけど、濱口さんが表現したいものは損なわれていない。しかもそれが2時間に収まっている。映画の手法について僕は詳しいことは分からないですけど、素人目に見てもきっと、濱口さんの中で手法が確立されているんだろうな、と。

 

濱口: 有難い言葉です。周りに恵まれたというのはありました。東出さん自身が『ハッピーアワー』を観てくれていて、むしろ「あんな風にやってみたい」と言って下さっていたので。東出さんに限らず、俳優との1対1の関係性みたいなものが必ずあって、その1対1の関係性が商業映画では大きいんだなというのは今回感じたことでした。そういう意味で、トーフさんが森高千里さんの曲を書かれた際はどうだったんですか?

 

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tofu: 僕が森高さんと仕事をした時は商業的なプレッシャーがありました。売れないといけない、それ以前にまずレコード会社の人に売れそうだと思われる曲を作らないといけない。その縛りに悩まされました。『寝ても覚めても』で達成しているものって、僕達が3枚目や4枚目の作品でようやく辿り着けるようなバランス感だと思うんです。それはご自身の手法にちゃんと確信があるからですよね。僕の場合、実際に出来た曲には満足いっていますし、森高さん以外の人が歌ったとしても曲自体の質は良いと思ってはいますけど、建て付けとしては縛られている部分は強かったです。

 

濱口: そうだったんですね。傍目にはそう見えなかったです。

 

tofu: デビュー当初は完全に呑まれていました。だから、安易にキャッチーに流れず、説明が難しいものを正面切って作れる幸福な環境に羨ましさを感じますし、それをやってやろうという濱口さんの度量に感服します。この映画を観た後の感情を言い表せないという話を最初にしましたけど、商業映画って、「泣かせる」みたいな分かりやすいゴールがあって進行するじゃないですか。ピクサーの本社を見学した友人が驚いていたんですけど、人の感動がグラフみたいになっていて、それをAIで計算して脚本を作っていくらしくて、商業ってそうなりがちだと思うけど、『寝ても覚めても』はそういう映画になっていない。商業映画として、これまでのやり方を変えざる得ないことはありましたか?

 

濱口: 『ハッピーアワー』のように、時間を掛けて一つの作品を作るやり方は間違いなく贅沢だったんですけど、心身が擦り切れたというところも同時にあるんです。2年で完成しましたけど、本当に疲弊して(笑)

 

tofu: そうですよね。注いだ労力が尋常じゃなかったでしょうし。

 

濱口: 半年くらいで完成する予定だったものに約4倍の月日を要しました。想定外だったから何とか出来ましたけど、ああいうものを作るのに2年掛かると分かってしまった今、2年掛かる前提でまた同じやり方は出来ないという自分の精神状態の中で、今回の映画の話がスムーズに進んで、挑戦する次のステージとして必然を感じた選択だったと思います。多くの人と仕事をシェアしながらより大きなものを作れる可能性があると思っていたので、今回は絶対に自分のやり方を全て貫くということではなくて、役者さんとの関わりや柔軟に脚本を変えていくことなど、自分のやり方の核となっている部分だけに絞ったことで上手くいったと思います。

 

tofu: この映画の後日談としてテンションが上がったエピソードなんですが、ニュアンスを取り除いて感情を込めずに台本を読み合わせるという、これまでの濱口監督の方法を今回も端役の俳優さんともちゃんとやられたと聞きました。台詞が一言しかなかった役の子の話なんですけど。次のステージと言われましたけど、あくまで『ハッピーアワー』の延長線上にあるんだなと、出来上がった映画に対してすごく納得感がありましたね。

 

濱口: でもそれに関しては、台詞が一言しか無い役者とも本読みをちゃんとやることの方が普通だと思うので、当たり前のことをやることが異常みたいになってしまっている状況の方がむしろ異常じゃないかって気持ちがどこかにあるんです。

 

tofu: すごく分かります。今の世の中、当たり前のことを当たり前に言うことって難しいですから。僕達も音楽業界の通例みたいなものに違和感がありながらも言えないことって本当に多いので、濱口さんの仕事には勇気付けられます。

 

濱口: 有難うございます。でも僕の意志が強いから通せたと言うわけでは決してなくて、プロデューサーの力が大きかったと思います。当たり前のことを当たり前に言える環境を整えてくれたので。以前、トーフさんと話をした時、地元の神戸を拠点に活動する理由に、地方に住んでいてもわざわざ呼びたいと思ってくれるような、自分にしかできない仕事しか来なくなると言われていたじゃないですか。遠くてもわざわざ会いにきてくれる人は本気なんですよね。この映画のプロデューサーもそういう人でした。仙台でドキュメンタリーを撮っている時も、神戸で『ハッピーアワー』を撮っている時も会いに来てくれるような人で。地方に滞在して、熱意のある人はどの人かはっきり分かったというか、フィルタリングできたのはとても良かったことですね。

 

tofu: まさかあの時の話が活かされていたとは。色々なタイミングが重なって、期が熟してこの映画が生まれているわけですね。

 

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単に曖昧というのではなく、理屈ではないポジティヴさがそこに宿って欲しかった。「RIVER」はまさにそういう楽曲でした。(濱口)

■主題歌「RIVER」が導いたもの

 

tofu: たまたま雑誌を開いたら、唐田(えりか)さんの記事があって、この映画以前までは、演技は嫌いだったそうですね。『寝ても覚めても』が大きなきっかけになったのは間違いないですよね。

 

濱口: 役者とのやり取りの中で充実感があるのは、監督よりも演じ手の方が確信に満ちていると感じられる瞬間なんです。そうなったらもうこちらは追いかけるだけなので、役者に任せて進行していく。今回の現場でも途中から唐田さんが渦の中心のようになっていったので、演出してどうこうではなく、彼女の感情なり集中力が切れないうちに撮ることが仕事になっていったところがありました。きっと彼女の人生の中でも重要なタイミングだったんですよね。そこにうまくかち合ったおかげで、凄いものが映っているな、撮れたな、と。

 

tofu: 演技の上手い下手では説明できない凄みがありますよね。朝子という役柄は脚本を読んだだけだと理解できないような行動も取るわけですけど、その行動を納得させてしまうような役割を主題歌が果たしていると有難いことに濱口さんはじめ皆さんに言って頂けるんですけど、そこはやっぱり唐田さんの佇まいの説得力はあったと思います。

 

濱口: いや、実際にこの映画は主題歌に導かれたところはあったんです。僕は「曖昧さ」に肯定的なんですけど、単に曖昧というのではなく、理屈ではないポジティヴさがそこに宿って欲しいって思いがあって、「RIVER」はまさにそういう楽曲だったんです。曖昧さについて歌っているんだけど、メロディ自体に大きな肯定を感じられて、それが目指すべきものへのガイドラインになった気がします。単に曖昧だとか、単に分からないではなく、分からないにも関わらず、ポジティヴな力を感じるようなものを目指しました。それは主題歌に引っ張られたんです。この主題歌に恥じないような作り方をしないといけない、と。

 

tofu: 有難うございます。濱口さんとの楽曲のやり取りは僅か1往復で拍子抜けするくらいで。歌詞の修正も「すくいだして」を「すくいあげて」に直した1行だけで、あとは1発OKでしたから。

 

濱口: ど真ん中、ストレートの素晴らしい楽曲だったので。

 

tofu: 「RIVER」という曲名には実は気恥ずかしさもあって、「川」がテーマということだったので、とりあえず仮タイトルで「RIVER」と最初に付けたんですよ。僕は結構、画竜点睛みたいなタイプで、曲名は最後に考えるんです。結果的に、よくあるのが仮タイトルに曲が引っ張られて、そのまま本タイトルになるという(笑)

 

濱口: 僕もテーマは「川」とお伝えしたものの、テーマをそのまま言うのって恥ずかしかったりもして。でも、予期してなかったことなんですけど、映画にも川がかなり映っているんです。大阪については川の街として撮ろうとあらかじめ思っていたんですけど、それ以外のロケ地にも意図せず、川が映り込んでいる。それで「RIVER」という楽曲がトーフさんから届いたから、これは川の映画なんだなって気持ちになったんです。支流が集まって、大きな流れになっていくみたいなことなんじゃないかな、と。こじつけみたいですけど(笑)

 

tofu: なるほど(笑)でも、歌い出しが映画のタイトルで、曲名が「RIVER」って、自分がこんなストレートを投げることにまずビックリしました。アーティストの人でよくある、曲が降りてくるみたいなことって僕は全くなくて、作る前に脚本を何十回も読んだ上で、要素をA4用紙やEvernoteに書き出していくんです。そこから映画の主題みたいなものを洗い出して、今度はそれに紐づいて自分が何を表現したいか考えながら、次は川について調べる。意外と川について知らなかったりして、川について書かれた中学生向けの文庫本を買ってきて読んだりしました。それでやっと曲を作り出す。とにかく理詰めでやっていくんです。映画の最後に流れるものなので、映画の中にある全てを汲み取っていないといけないと言う思いが強くあって。

 

濱口: まさに歌詞にある「なぞるたびに線は ふとく 深く 強く」の通りですね。感性だけに任せて作られたものではないというのは感じました。だけど、太いものが届いて本当に驚いたんです。トーフさんのことはアーティストとして好きで、信用もしていましたけど、初めて書かれる映画主題歌に対して、全く不安が無かったわけではなかったんです。だけど、映画が出来る前に映画のことを理解している、そんな主題歌が届いた。予期していない驚きでした。

 

tofu: それを聞いて胸を撫で下ろす思いです。変な話になるんですけど、小学生の頃に僕、進学塾の日能研に通っていたんです。そこで、一文読解法というのを習ったんですね。傍線が引かれた部分の感想を答えなさいみたいな文章問題で、絶対にその文章内に答えはあるからということを口酸っぱく言われていたんです。一文を読んで、答えが無かったらその前後に、無かったらその段落に、無かったら文章全体のどこかに答えは絶対にある、と。その言葉が残っているんです。だから、この映画の答えは脚本の中に必ずあると思っていたんです。

 

濱口: なるほど。聞いていて思ったのは、質より量とかいう単純な話ではなくて、量が質を生むということ。量を重ねていった時に、質の高いものが生まれるという、まさに「なぞるたびに線は ふとく 深く 強く」なんですよ。

 

tofu: 繰り返し何度も有難うございます(笑)この曲の歌詞は一応、6番まで作っているんです。手塚治虫先生も原稿を3割は捨てていたらしいですけど、多く作ってそこから絞ることで質が生まれるのは確かにそう思います。感性だけで凄いものを生み出す人がミュージシャンには時折いますけど、自分はそうじゃないという自覚があるんです。

 

濱口: 針の穴を通すようなものって圧倒的な量に支えられている。僕も才能に恵まれているわけではないという思いが同年代の監督を見ていてもあって、だから量を重ねる。意識的に遠回りをしているつもりはないですけど、回り道をして時間をかけて辿り着くみたいなところはあります。

 

tofubeats「RIVER」(『寝ても覚めても』主題歌 ティザー映像)

 

 

あの震災が起きていなければ出会わなかった人達がいる。それは良いとか悪いでは簡単に分けられないことだと思うんです。(濱口)

■ひとつながりの日常

 

濱口: この映画では少なからず、東日本大震災についても触れているんですが、震災は日常から離れた特殊事態だと世間では思われていて、実際にそうかもしれないけど、あれは日常の暮らしの中で起きた出来事で、普通に続いていく生活の中でごく自然に起きたという実感が今はあるんです。その自然さこそを描きたかった。非日常として分けて考えていなければ、急に巻き込まれることなく、避けることが出来たかもしれない。分かれていないことをせっかく知ったのだからそれを描きたい、と。観客にとっても今ではそれが共通認識だと思うので、自然なこととして受け止めてくれるんじゃないかと思うんです。

 

tofu: 僕は震災について自分の作品で描くことをしたことはないですけど、起きている出来事ですから不可分ですよね。リアリティのある物語を描こうとする時にそれは不可分という気持ちがあります。この映画には、震災がある程度の意図を持って挿入されているし、濱口監督は東日本大震災のドキュメンタリーも撮られているので、僕達に比べたらご自身の中で深い理解はあると思うんです。それは震災を取りあげるきっかけにもなったんですか?

 

濱口: 実感として、日常と繋がっていると思うことがあったんです。あの震災以降に起こった沢山の出会いはあって、地元の人に「あの震災がなければ、私たちは会えなかったのだから、不思議なものよね」と言われて、それに対してどう感じていいか全く分からない。自分で言うのは躊躇いがあるけど、当事者の方の言葉にやっぱり全てはひとつながりだと思わされるんです。

 

tofu: それは体感したからこそ出てくる言葉ですね。

 

濱口: あの震災が起きていなければ出会わなかった人達がいる。それは良いとか悪いでは簡単に分けられないことだと思うんです。全ては繋がっているとか言うと、なんだか仏教みたいですけど、実感としてそうなんです。 繋がっていると言えば、「RIVER」の歌詞に、「ふたりの愛は流れる川のようだ」という一節がありますよね。僕は、ジョン・カサテヴェスが一番好きな映画監督なんですけど、そのカサテヴェスの遺作のタイトルが『ラヴ・ストリームス』なんです。直訳すると「愛は流れる」で、その映画の劇中には「愛っていうのは決して途切れることのない流れなんだ」という台詞があるんです。

 

tofu: その一致はすごいですね。

 

濱口: そうなんです。初めて「RIVER」を聴いた時に驚いたことの一つで。これは全くの偶然ではあるんですけど、僕はカサテヴェスの映画が好きで、映画を志して、実際に脚本を書き、映画を撮り、と重ねたことで、その1本を観てくれたトーフさんと知り合えて、お仕事ができたことは、全くの偶然ではないような思いもあるんです。

 

tofu: モチーフは繋がっていますよね。川がモチーフになり得る柴崎さんの小説を映画にすることから僕も「川」をテーマにした主題歌を依頼されているので、そうなると自然と「流れる」へ繋がっていきますから。くるりの岸田繁さんが言われた「音楽というものは水物。流れるっていうでしょ」という言葉が僕は好きで、それを聞いて以降、「音楽が流れる」という言葉がすごく好きなんです。音楽と「川」って親和性があると思います。川のように流れてこの映画に辿り着いた縁なのかもしれないですね。

 

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PROFILE 濱口竜介 Ryusuke Hamaguchi
1978年、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同制作『THE DEPTHS』が東京フィルメックスに出品、東日本大震災の被害者へのインタヴューから成る『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(共同監督:酒井耕)、4時間を超える長編『親密さ』、染谷将太を主演に迎えた『不気味なものの肌に触れる』を監督。15年、映像ワークショップに参加した演技経験のない女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』を発表し、ロカルノ、ナント、シンガポールほか国際映画祭で主要賞を受賞。一躍その名を世に知らしめた。自らが熱望した小説「寝ても覚めても」の映画化である本作で、満を持して商業デビュー。第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選ばれるという快挙を果たし、世界中から熱い注目を集めている。

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tofubeats
1990年、兵庫県生まれ。中学時代から活動を開始し、高校3年生の時に国内最大のテクノイベントWIREに史上最年少で出演。その後も、「水星 feat.オノマトペ大臣」(12)がiTunes Storeシングル総合チャートで1位を獲得、森高千里、の子(神聖かまってちゃん)、藤井隆ら人気アーティストと数々のコラボを行い注目を集める。これまでにインディーズ含め4枚のアルバムをリリース。「電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-」(18/TX)でテレビドラマの主題歌・劇伴を担当するなど、活躍の場を広げている。濱口竜介監督の前作『ハッピーアワー』(15)に深く感銘を受けたことが縁で本作『寝ても覚めても』で初めて映画音楽に挑戦。主題歌「RIVER」も書き下ろしている。

 

作品情報 『寝ても覚めても』

 

 

監督: 濱口竜介
原作: 柴崎友香『寝ても覚めても』(河出書房新社)
音楽:tofubeats
主題歌: tofubeats「RIVER」(unBORDE/ワーナーミュージック・ジャパン)
出演:東出昌大、唐田えりか、瀬戸康史、山下リオ、伊藤沙莉、渡辺大知(黒猫チェルシー)、仲本工事、田中美佐子
配給: ビターズ・エンド、エレファントハウス

 

2018年9月1日(土)よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー

 

a © 2018 映画「寝ても覚めても」製作委員会/ COMME DES CINÉMAS

 

リリース情報 tofubeats「RIVER」
2018年8月17日配信リリース
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