『オーバー・フェンス』 山下敦弘監督 インタビュー

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  • 2016.08.24

『オーバー・フェンス』 山下敦弘監督 インタビュー

近年再評価が高まる、41歳の若さで自死した孤高の作家、佐藤泰志の小説を映画化した『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)、『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)から連なる「函館三部作」の最終章となる映画『オーバー・フェンス』が9月17日より公開される。重責あるタスキを引き継いだ山下敦弘監督が描くのは、年代の異なる生徒が集まる職業訓練校に通う孤独な男、白岩(オダギリジョー)と、遊園地とキャバクラで昼夜働く奔放で直情的な女、聡(蒼井優)の2人が不器用に絡み合いながら揺らめく大人の青春映画。「その瞬間を生きている人間たちの映画にしたかった」と語る、40代を迎え円熟味を増した山下監督に、本作について、そして「映画を作ること」について話を聞いた。

(取材・文: 川端哲生)

 

 

もし自分が監督したら、女の人の方に幻想を抱くから、男を厳しく描くだろうなってことを感じたんですよ。(山下)

 

———先日、「函館三部作」の監督が会するトークイベントがありましたが、『鬼畜大宴会』以来の熊切監督との関係と違い、山下監督と呉監督は大阪芸大の同期ではあるんですが、上京して現在に至るルートも全く異なりますよね?

 

山下: そうですね。そもそも呉さんは、大学時代は名前が違ったんですよ。監督になってから今の名前にしたこともあって、最初に『酒井家のしあわせ』を監督した時に、「呉監督が山下さんのこと知ってるらしいんだけど」って周りから聞かされて、誰か分からなかったくらいで。学生の頃はそんなに接点はなくて、卒業してからたまたま電車の中でバッタリ会って、その頃は大林宣彦監督の事務所にいたと思うんだけど、その時もまだ監督をするとは思ってなかったし、気付いたら監督になってたので驚きはありましたね。

 

———どこかのタイミングで、深い話をされる機会はなかったんですか?

 

山下: 呉さんは、(『酒井家のしあわせ』出演の)友近さんと仲がいいんですよ。だから、友近さんの単独ライヴになぜか誘ってもらったことがあって(笑) でも、その時もサシではなく大人数だったので、この前のトークイベントの後で吞みにいって、そこで久々に話したくらいの感じで。でも、映画の話というより、くだらない話をみんなでワーワー話してたりして(笑) だから、深い話をするような感じではないかもしれないですね。

 

———無理に話を繋げるわけではないですが、『オーバー・フェンス』は、『そこのみにて光輝く』と対をなす映画に感じる面もあったんです。

 

山下: そっか、どちらも男と女が軸になってますからね。特に意識はしてないんですけど、この作品のオファーがあった時に、前2作のカラーについては考えたんですよ。『海炭市叙景』は熊切さんの世界観が全面に出ていて、孤独感や北海道の自然の厳しさみたいなものを感じたし、対して『そこのみにて光輝く』から感じたのは、女性の視点だったんです。これは綾野君自身が持ってるものかもしれないけど、綾野剛演じる男が王子様というか、綾野君を見つめる呉監督の目線が女性的だと思ったんです。逆に池脇(千鶴)さんには生々しさを感じる。そういうバランスで出来てる映画な気がして。男だから感情移入出来ないはずなのに、池脇さんの方に感情移入して観てしまう自分がいたし、綾野君は何考えてるか分かんないのに、でもカッコいいみたいな。もし自分が監督したら逆になったのかなって思った。女の人の方に幻想を抱くから、男を厳しく描くだろうなってことを感じたんですよ。

 

———脚本を書かれたのは両作品とも高田亮さん。やはりそこに監督の視点が加わる自覚はあったんでしょうか。

 

山下: これはあくまで個人的に『そこのみにて光輝く』を観た時に感じたことだから、高田さんに伝えたわけじゃないんです。でも『オーバー・フェンス』の現場では、オダギリさんの演じた白岩より、蒼井さんの演じた聡のことを分からないまま演出していたし、白岩に対する自分の姿勢が厳しくなった面はありました。だから監督としての男と女の視点の違いはあるんじゃないかと思いますね。ただ、この前の呑みの席で、実は呉さんも綾野君に対して、厳しい視点も持っていたことも聞いたんですよ。綾野君が撮影前日にお酒を吞んで顔がパンパンで来て「役作りでやってきました」って言うみたいなことに対して、「ちゃんとやってね」っていう引いた目もあったらしくて。僕だったら「それいる?」って言っちゃうと思う(笑) 綾野君はそういうことを嫌みなくやれるピュアな俳優だから。『山田孝之の東京都北区赤羽』で一緒だったから分かるんですけど。

 

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©2016「オーバー・フェンス」製作委員会

 

 

空っぽというワードが出てきたのは、衣装合わせやクランクインする際のオダギリさんを見た時なんです。(山下)

 

———今回、白岩を演じたオダギリさんはいかがでしたか?

 

山下: 変に確信があったというよりも、オダギリさんが白岩をやったらどうなるんだろうなって思いながら、クランクインした気がします。果たしてオダギリさんがこういう男になり得るのかなって。白岩というのは格好悪い男というか、劇中の台詞にもある通り、分かってない男なんですよ。分かってないのに分かってる振りをする本当の意味では分かってない男で、それは僕自身にも通じるんですけど、どこか駄目な男。

 

———白岩と聡が部屋で大喧嘩をするシーンから、それが剥き出しになります。

 

山下: あの喧嘩以降、白岩は実はダサい男だったというのが分かる。そういう仕掛けがある映画ではあるんだけど、言ってしまえば、本当は分かってなかったということが明らかになるだけっていう(笑) そういう男にオダギリさんが見えるのだろうか?と思う反面、オダギリさんなりの白岩になるだろうなってことは思ってましたね。

 

———映画ではないですが、オダギリさんとは『午前3時の無法地帯』でも仕事をされていますよね。

 

山下: あれはオダギリさんがやること自体が奇跡みたいな役だったから(笑) でも、あの頃のオダギリさんと今回は全然違ったんですよね。この映画のコメントで、「空っぽの男」ってよく使ってるけど、空っぽというワードが出てきたのは、衣装合わせやクランクインする際のオダギリさんを見た時なんです。この人は何も考えてきてないのかもしれないと思わせたんですよね。

 

———良い意味で、まるで空の状態で現場に現れたように見えたんですね。

 

山下: そうなんです。最初に空っぽだなって思ったのは、衣装合わせの時に、衣装を全く選ばなかったんです。オダギリさんって、役を掴むためにかなり衣装に拘るから衣装合わせは1回で終わらない人なんです。衣装部の馬場さんから事前に聞いて、それを考慮に入れてたのに、最初の衣装合わせで、オダギリさんに「今回は全部お任せします」って言われて、逆にどうしようってなっちゃったくらい。何回かやると思ってたから、「もう1回やらせて下さい!」って、僕らの方から謎のお願いをしたんですけど(笑) こっちの勝手な印象かもしれないけど、幽霊みたいな感じでした。決して、人を寄せ付けないオーラを放つわけではなく、本当に空っぽな人に見えたから、そこをスタートにして、映画を作っていった感じはありましたね。

 

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©2016「オーバー・フェンス」製作委員会

 

 

あまり自分の映画で、視線劇ってのをやったことなくて。今回、編集を観た時に視線が交わる感じが面白いって思った。(山下)

 

———白岩と聡の決定的な場面として喧嘩のシーンが出ましたが、白岩が遊園地で働く聡に会いに出向くシーンの2人の目線と言葉の配り方が印象に残りました。

 

山下: あそこの聡が可愛いんですよね。編集で色々とやった覚えがありますけど、今井さんがうまいなぁと思いますね。いいシーンになりましたね。

 

———編集の今井大介さんは、松江監督の『フラッシュバックメモリーズ』等を担当されていますが、主にアニメ映画の仕事をされている方ですよね。

 

山下: そうですね。劇映画で一緒にやるのは今回が初めてなんですけど、乃木坂46のPVで最初に仕事をして、エレカシのドキュメンタリーとか、『山田孝之の東京都北区赤羽』の編集も全話、今井さん。だから素材量の多いドキュメンタリー作品で編集をお願いすることがこれまで多かったんです。

 

———今作の編集について少し話を伺ってもいいですか?

 

山下: とにかく、まず今井さんが勝手に繋いでくれるんですよ。そこに今井さんの意図が絶対入ってくるから、色々話すんですけど、結局、今井さんの意図の方が面白いって立ち返ることも沢山あるんです。

 

———カメラワークということではなく、編集のリズムにこれまでの山下監督の映画との違いを感じたんです。

 

山下: この前も「何か違うよな」って思いながら俺も観てたんだけど、速いってわけでもないのかな。何が違うんだろう。

 

———速い遅いで言えば速いのかもしれないですが、繋ぎ方が違うのかなと感じました。

 

山下: そう、俺、ああいう繋ぎはしないよなって、改めて観てたんだけど、撮影の近藤龍人との相性は合うんだろうな、とは思うんですよね。あと、今井さんの良さっていうのは、編集マンとしては当たり前なんだけど、素材をよく見てくれてるということで、特に今回感動したのは、視線劇になってるなって思ったんですよ。白岩が聡と出会うキャバクラのシーンとか、「聡もこっちに座れば」とか代島(松田翔太)が言って、3人が吞みながら何でもない話をしてる時に、聡が白岩の指輪を見る目とか、それを見ている代島の企んでる顔とか、そこだけじゃないんですけど、視線を汲み取ってくれていて。あまり自分の映画で、対面でのカットバックはあっても三角形とか四角形で何かしらの視線劇ってのをやったことなくて。今回、編集を観た時に視線が交わる感じが面白いって思った。現場でそれを意識したわけじゃなく、そういう編集のリズムは今井さんが作ってくれて。

 

———その普段と異なる編集のリズムに対して、違和感はあったんですか?

 

山下: 最初はありましたね。その白岩と代島が最初にキャバクラに訪れるシーンで、映画ではカットバックしてるんですけど、現場では2人の会話をずっと横位置で撮ってるんですよ。それでいいと思ってたんですけど、今井さんが「ここは割りたいんです」って。普段なら割らないから、いつも通りのプランでいこうと思ってたんだけど、今井さんが粘ったおかげで、確かにシーン全体のバランスを考えたら、割った方がいいなって思った。だから、今井さんの生理というのを教えてもらったというか、自分の生理というのが良い意味で無くなっていったというか、気心の知れた編集マンなら最終的に折れてくれたりするんだけど、今井さんの生理に従っていくと今井さんの生理の訳が分かってくる。編集によって映画は変わってくるんだと思いましたね。

 

———そういった自身の生理と違うものを受け入れるというようなことは、監督としての変様というと少し大袈裟ですか?

 

山下: それもあるかもしれないですけど、どこかで自分の感覚というものに飽きてるところも多少あるから、今井さんと劇映画で初めて組んだりして、組む人が変わると自分も変わるという当たり前のことを確認したというか。ここ数年、ずっと固定のスタッフでやってきたので。例えば、チーフ助監督の甲斐(聖太郎)さんが今回の現場の全員野球を引っ張ってくれた人で、チーフのスタンスの違いで現場はこんなに変わるのかって、この歳になって改めて映画の仕組みを考え直せたというか、今までなんとなく分かったつもりでいたことが、人が変わると内容も変わってくるんだなって。それが積み重なって全然違うところに辿り着けるっていうのが今回の一番の手応えで。それは、音楽の田中さんにも言えたし、キャストも初めての人が今回は多かったから、やっぱり人の力が凄かったなって感じるんです。

 

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©2016「オーバー・フェンス」製作委員会

 

 

映画を作ってる瞬間が一番楽しい。高校時代に山本剛史と2人でビデオ持って、ロボコップとか撮りだしたのが最初なんです。(山下)

 

———近作に『超能力研究部の3人』や『山田孝之の東京都北区赤羽』のようなフェイクドキュメンタリーがあると思うんですけど、山本剛史さんとの自主制作のシリーズでやられていたことではありつつ、それらの経験が劇映画に還元された面はあったりしますか?

 

山下: 商業ベースで初めてああいうことをやりましたからね。う〜ん、そうですね、最近よく思うのが、俺って趣味がないなって(笑) たぶん昔は映画を作ることが趣味だったんですよ。遊びというか発散の場所じゃないですけど。それが仕事として映画を作っていく。そうすると趣味が無いわけです。趣味が無いから発散のために作ってたのが、あのフェイクドキュメンタリーシリーズで、あれがある種の自分の息抜きだったりしたんですよね。

 

———それをここ最近はオーバーグランドでもやられたわけですね。

 

山下: そう、あれを商業映画に持ち込んだことで、また持つ意味が変わってきた。自分の中でフェイクドキュメンタリーというものを突き詰めようという気持ちは全くないし、あれは自分で脚本を書かないという弱さから出来上がった1つの手法だったんです。それをENBUゼミでやったりしながら、自分の中の引き出しが増えていって、最終的に『超能力研究部の3人』みたいなことをやったんだけど、あれは映画を作るというか、乃木坂46をどう見せようかという思索の中で、あの手法を採用したところがあって。と言いながら自分が出演し過ぎなんだけど(笑)

 

———(笑) あくまで息抜きが発展した意味合いが強いんですね。

 

山下: そうなんです。現場で腹を抱えて笑うことが最初の目的だった(笑) 9月24日公開の『あなたを待っています』(いまおかしんじ監督)って、松江(哲明)君と共同プロデュースした映画があるんですけど、とうとう趣味でプロデューサーもやりだしたかっていう(笑) だから、映画を作ることが趣味になっちゃってるんだなって思いますね。この先どうなるか分からないですけど、映画を作ってる瞬間が一番楽しいんでしょうね。高校時代に山本剛史って俳優と2人でビデオ持って、ロボコップとか撮りだしたのが最初なんですけど(笑)

 

———『我ら天下を目指す』で描かれているような(笑)

 

山下: そう。出来上がりより、やってる瞬間が楽しいわけですよ。撮ってその日にすぐ編集して、コーラ飲みながら観るっていうのが至福の瞬間だったんですよね。その延長でずっときて、この『オーバー・フェンス』にも繋がってるわけだけど、じゃあ映画を撮ってない時に何をするかっていうと特に無くて、たぶん映画を作る以外、アドレナリンが出ないでしょうね(笑)

 

———素晴らしいと思います! 映画本編から少し逸れてしまったので、最後に、映画ラストを象徴するような「オーバー・フェンス」というタイトルに、佐藤泰志さんが込めたであろう思いについて伺ってもいいですか?

 

山下: 原作は清々しいんですよ。佐藤さんの中でも珍しく抜けのいいラストで。でも、佐藤さんが東京から函館に戻ってからの訓練校での経験談を基に書かれた小説で、陽の目を見ない中で5回目の芥川賞にノミネートされた時期だから、たぶん状況としては決して良くはないはずなんです。だから本当にこういう気持ちで書いたのか、ある種の憧れを持って書いたのか、真意は分からないし、もしかしたら「こんな空々しいラストないよ」って笑いながら書いたのかもしれない。この数年後に自死するという事実はあって、この原作を読んで佐藤さんの死だけを眺めてもまだ分からない部分はありますよね。この映画のタイトルについては、もう何度か映画を観て、じっくり考えたいですね。
作品情報 『オーバー・フェンス』

 

 

監督: 山下敦弘
脚本: 高田亮
原作: 佐藤泰志
出演: オダギリジョー、蒼井優、松田翔太、北村有起哉、満島真之介、松澤匠、鈴木常吉、優香
配給: 東京テアトル+函館シネマアイリス(北海道地区)

 

2016年9月17日(土)、テアトル新宿ほか全国ロードショー

 

a ©2016「オーバー・フェンス」製作委員会