(取材・文: 川端哲生)
———前作『ジ、エクストリーム、スキヤキ』は、映画を知らないからこそ撮れるものを目指したつもりが、優秀なスタッフの力もあって、結果的に映画らしいルックの作品になったとのことでしたが、その意味合いは?
前田: 素人ならではの良さを出そうと考えている時点でもう素人じゃないんですよね(笑) TVのバラエティ番組で、素人が素人の面白さを出そうとした途端につまらなくなるみたいな事がよくあるけど、それと同じで。でも、スタッフの方々が優秀だったので、前作は映画としてまとまったものになった。今回は、素人ならでは、みたいな余計な事は考えないで作ろうと思った映画ですね。
———それは、脚本を書いている段階から意識されていたことなんですか?
前田: 作家と演出家の立ち位置は分けて考えているので、脚本家としては、面白いものを目指して書くだけですね。それは2作とも共通しています。僕は映画をそんなに多く観ていないし、映画の文法を解ってない人間ですけど、前回はそのアドバンテージを活かそうと思い過ぎてしまったので、今回はそういった気負いをしないで撮ったということですね。
———五反田団の作品を参照すると、前田監督は、低予算だったとしても、その制約の中で相応の面白い映画を撮れてしまうイメージがあります。
前田: 映画では難しいと思います。予算が低いと優秀なスタッフを集められないので、映画にならないんじゃないかな。監督もスタッフも素人だと、まとまりがないものになる気がしますね。撮影カメラの機材を扱うのに技術が要るように、専門的な技術のあるスタッフの力を借りなければいけない量が映画と演劇では段違いだと思います。舞台の場合、照明の技術さえ持っていれば、あとは俳優と演出の力で何とかなると思うので、低予算でも作れますけど。
———カメラワークやカット割など、技術部に委ねる比重は大きいですか?
前田: 例えるなら、お店に買い物に行くような感覚ですね。靴を買う時に、僕は買いたい靴の要望はなんとなくある。ただ、どういう靴を買うべきか分からないので、自分で選ぶと変な靴を買ってしまうかもしれない。靴屋は靴のプロなので、意見を聞けば、条件にあった靴を提示してくれる。それがスタッフと接する時の心構えですね。買い物客として、「なんとなくこういう雰囲気を出したいんだけど」って言うと、それに合った選択肢がプロから出てきて、自分の趣味に合わせていくやり取りを重ねる。1万円を出して、1万円の靴をオーダーするみたいに、丸投げするわけではないんです。
©2016「ふきげんな過去」製作委員会
———北品川という場所が醸し出す空気感がこの映画の土台となっていますが、土地選びでこだわったことはありますか?
前田: 北品川を舞台にしたいと、脚本を書く時点で考えていました。交ざり合ってる雰囲気を出したかったんです。例えば、「過去と未来」であったり、「生と死」であったり。北品川に久しぶりに行った時、古くて味のある建物と無機質なビルが同じ枠の中に並び立っていて、未来と過去が交差するような雰囲気もあって、この土地を舞台に作品を作りたいと思った。演劇でやろうとすると、この雰囲気を口で説明しきれないし、セットで作るにも限界がるので、これは映像向きだなと思ったんです。
———劇中の果子達が住まう「蓮月庵」は、実際の店舗なんですか?
前田: 元々、蕎麦屋だったところをカフェとして改装する過渡期の時間を借りています。今は実際にカフェとして営業しているお店ですね。
———その「蓮月庵」で、テーブルを囲んで、他愛もない会話が交わされるシーンに妙な懐かしさを覚えました。
前田: 家族がいて、家業を手伝うみたいな、そういう夏休みのイメージが頭にあって、この蓮月庵に集う女達の雰囲気は、この映画で一番出したかったところでもあるので、女達が座って、豆を剥きながらダラダラ喋るだけなんですけど、とても大事なシーンとして撮りました。
———そういえば、テーブルを囲むのは、全員が女性ですよね。
前田: 1人の人間の物語にしたかったんです。これは決して映画の答えではないんですけど、僕のイメージでは、全員が同じ女性なんです。過去の自分と、現在の自分と、未来の自分というのは絶対に交わらないと思われているけど、頭の中では、過去の自分って生々しくいるし、未来の自分も生々しく想像できるし、今の自分を考える時にそれは既に過去の自分になっているわけだから、実は交わる事が出来ると思うんです。それから、自分が選ばなかった自分もありますよね。サトエ(兵藤公美)や、キミエ(黒川芽以)は、選べばそちら側にいくことも出来た存在。更に老いていったのが、サチ(梅沢昌代)であり、昔の自分は、カナ(山田望叶)というように、同じ人間のひとつの姿みたいなイメージなんです。これは、台詞で語っているわけではないので、あくまで作る側のイメージの話なんですけど、未来子(小泉今日子)、果子(二階堂ふみ)、カナの3人が異なる時間の同じ人物ということは台詞の中でもなんとなく匂わせています。
———未来子と果子の持つ性質は、前田さん自身の未来と過去が投影されているようにも感じたんですが、そこは特に意識はされていませんか?
前田: そうですね。自分が書いているので、どんな作品のどんな人物も自分が少しは投影はされているかもしれないですけど、敢えてそうしたつもりはないです。まあ、自分の趣味ということなのかもしれないですね。
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———台詞についてなんですが、要所で、意味深で哲学的なことを文語調で話しますが、不自然ではない台詞としてストンと入ってくる納得感がありました。
前田: 演劇を始めた若い頃は、台詞がリアルであることを考えて、吃ったり、噛んだり、喋る際のノイズも含めて書いていたんですけど、そうじゃなくて、文語に近い綺麗な台詞で書かれてたとしても、それをリアルに見せることが出来るんじゃないかというのが、今の気分なんです。1周回って普通に戻ったわけですけど(笑)
———昨年末に上演された五反田団の舞台『pion』の台詞回しも近い感触がありました。
前田: この映画よりも前からあった最近の気分なんです。ノイズを含めた台詞がいい場合と、文語調で話した方が伝わる場合があって、そこをミックスした文体が、今の目指しているところですね。この考えはまた変わるかもしれないですけど。次に書いてる時にはもう変わってるかもしれない。
———現実感あるファンタジーという言葉が適切か分からないですが、突拍子もないお伽噺的な要素もあるのに、細部がリアルだから同時に生々しさも感じる不思議な映画ですよね。
前田: 現実の中でも、不思議なことがよくあるんですよね。道にイカが落ちてたりして「何で、此処にこんなものが落ちてるんだろう?」とか思うことが日常にもある。短いホットパンツのおじさんが街中を歩いてたりすると「何で、この人はこの服を選んだんだろう?」って違和感があるけど、その人にとってはそれが当たり前の現実なわけだからファンタジーでも何でもない。今も、こうして平和に映画の話をしているけど、ちょっと離れた別の土地に行けば、人が人を殺していたりする。ファンタジックにさえ思えるほど、現実離れしたことに感じるけど、現実なんですよね。例えば、死ぬなんてこともイメージは出来るけど、生きている人は誰も実際に死んだことはないのに、どうやら死ぬらしいという事実が隣にあることは不思議なことなんですよね。
———未来子が、隣町からふらりと戻ってきたのか、死後の世界から蘇ってきたのか釈然としないそのさじ加減がまた絶妙です。
前田: 例えば、エルヴィス・プレスリーが実は生きてるみたいな話と同じで、死んだと聞かされていた人が現れてコンサートをやったりしたら、認識としては、死者が蘇ったことになる。単に死んでいなかったというだけなんだけど、死んでると信じてしまっていたのだから、認識の中では死者が蘇ったということなんです。
———未来子を演じた小泉今日子さんを起用に至った経緯を教えてください。
前田: この役を誰がやるのか、自分でも全く想像がつかなかったんですけど、プロデューサーから、小泉さんの名前が上がったんです。僕の中では伝説の人過ぎて、頭にすら無かった(笑) でも確かにピッタリだなと。引き受けてくれるわけないと思っていたんですけど、やって頂けることになって。
———実際に現場で演出してみた印象は如何でしたか?
前田: 小泉さんに対して僕が持っていたイメージは、相当な修羅場を経て、今でも変わらず人気を維持している人というような一般的なものに過ぎなかったので、小泉さんというより、未来子と仕事をしている感覚だったかもしれないですね。当て書きではなかったですけど、最初に未来子のイメージがあって、それに小泉さんがハマったわけではなく、小泉さんに未来子のイメージがハマったという感じでしたね。
———果子を演じた二階堂ふみさんについては如何ですか?
前田: これは小泉さんとも話したんですけど、果子の役柄は、芝居の経験も無くて、現場に行くのもドキドキするような素人みたいな子がいいと思っていたので、二階堂さんは経験を積み過ぎてるんじゃないかと最初は思いました。だけど出演作の『ほとりの朔子』を観た時に、果子の持つ不安定な部分も出せるんじゃないかと思ったんです。で、実際に演じてもらったら、やっぱり心配は全くなかった。メディアに出ている時はすごく大人で、大女優ですけど、誰しもが持ってる弱さや不安定さを隠さずに出す事が出来る人だったので、果子についても、役が二階堂さんにハマっていった感じでした。キャスティングについては、希望した方にお願いすることが叶いました。服の着こなしみたいなもので、役に着せられるんじゃなくて、役者が役を着る。そういう芝居をする人が好きですね。
———山田望叶さんが演じたカナの佇まいが印象に残りました。
前田: カナ役については、感覚的には200人近くオーディションしたと思います(笑) 小泉さんと二階堂さんが最初に決まっていたので、カナが作品の出来を左右する一番大事な役になるなっていうのは思っていました。オーディションで、最初は情報過多な芝居だったので、芝居をしないでやってみて、と要求したら、すぐ対応してくれた。こちらの意図が伝わったとしても、レスポンスが早いことって大人の俳優でもそんなにないんですよ。言われて1日寝ないと出来なかったり、1ヶ月掛かる人だっている。こちらの要求を理解するのがまず早いと思ったし、それに対する反応が間違っている場合もあるんですけど、その修正もすごく早い。この子なら大丈夫だな、と。
©2016「ふきげんな過去」製作委員会
———未来子とサチの2人が煙草を吸いながら縁側で話すシーンは、親子の関係性が垣間見えるような、繊細な心情の切り取り方をされていて、染み入りました。
前田: 好きなシーンのうちの1つですけど、編集が大変で、表と裏から撮っていて、表は2人の表情、裏はシルエットだけ。全部表にするのか、全部裏にするのか、どこで切り返すかで悩んだ。このシーンが最後まで悩んだかもしれないです。この映画は、沢山登場人物がいて、全員が主人公みたいな重さがあるから、誰の目線で観客に観てもらいたいかが、シーン毎に違っていて、それによって編集の仕方も変わるので、その点で悩んだということですね。
———前田さんは以前、「物語」について話されていた時に、そんなに物語を必要としないタイプだけど、お客さんを引っ張るためのある程度の作劇はするとおっしゃっていて、前田さんの中でその指針は変わってないですか?
前田: 面白い物語でみせる映画や演劇、小説もありますけど、物語というのは、いずれコンピューターが書けてしまうと思っているので、ロジックでは解決出来ないような、雰囲気や人間の関係性を重視していています。今回もストーリーは込み入っているわけではなくて、肉と皮を剥ぐと貧相な骨しかないような話になってると思うんです。
———この映画は、物語とギリギリのところで格闘しているようにも感じました。
前田: コンピューターに勝てないという前提があるので、そんなに真剣には格闘はしてないですけど、物語を理路整然とさせないようにはしています。何でこの人がこうしたか分からない部分があるシナリオが面白いと思うんですよね。行動原理を言葉では説明出来ないけど、前後をみていると、「なるほど、なんとなくやっちゃうよね」って思えるような。
———前田さんが映画に向かう一因になった存在である市川準監督について聞かせてください。
前田: 市川監督が五反田団の芝居を何度か観に来て下さったことが縁で、一緒に映画を撮ろうということになったんです。僕が脚本を書いて、市川さんが監督をされるということで企画が進んでいたんですけど、撮影の直前に市川監督が亡くなられたんです。それ以降、宙ぶらりんになっていた映画への気持ちが前作を撮る原動力になったんです。それでもまだどこかに、市川監督に観てもらう映画が撮れていないという想いがあって、小泉さんが演じた未来子には、当時の脚本の主人公が投影されています。過去に自分が書いた作品を読み直すことは、昔の自分に会いにいく感覚もあったんですよね。それは、もしかしたら今回の映画のテーマとシンクロしているのかもしれないですね。
———最後に。以前どこかで、作家は創作を続けていく過程で、才能信仰を経験信仰に変えてしまいがちだけど、才能だけを信じていきたいとおっしゃっていましたが、その考えは変わりませんか?
前田: そうですね。だからこそ、映画を撮るんだと思います。小説を書いて10年、演劇も20年近く経つので、その実績で自分を納得させたくなってしまう。映画に関しては経験が少なくて、右も左も分からないので、才能を信じるしかない潔さがあるんです。ただ、今の時点ではそう思ってますけど、もしかしたら、才能なんて関係なくて、全ては経験だと思うようになるかもしれないですね。
監督・脚本: 前田司郎
2016年6月25日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー
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