Collaboration Talk Series こらぼる vol.2  三浦直之 × 豊崎由美

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  • 2015.06.06

Collaboration Talk Series こらぼる vol.2
三浦直之 × 豊崎由美

『こらぼる』とは…?
異なるステージ、異なるフィールドで活躍する2人が、聞き手と話し手をシフトしながら、それぞれの「核心」について発見し合う、1対1のコラボレーション・トーク連載。

第2回は、2009年の旗揚げ以来、漫画・アニメ・小説・音楽・映画などジャンルを越えたカルチャーをパッチワークのように紡ぎ合わせていく作風で、様々な「出会い」の瞬間を物語化してきた劇団、ロロを主宰し、小説のリーディングや音楽ライブと融合した短編演劇、映画製作など、ジャンル横断で演劇の枠を拡張しながら活動している劇作家、三浦直之。そして、大森望氏との共著『文学賞メッタ斬り!』シリーズ等で知られ、その豊富な読書量と時に辛口な文学愛で、読書家のみならず、多くの作家からの信頼も厚い書評家の豊崎由美。6月4日より駒場アゴラ劇場にて上演されているロロの新作公演『ハンサムな大悟』(豊崎氏は6月8日のアフタートークにも出演)に先駆け、自身の読書体験に多大な影響を受けたという三浦氏のラブコールで実現。今作、ロロが初めて挑む「一代記」について、影響を受けた先行作品、そして創作や批評の現状についてまで話は及んだ。

(構成: 川端哲生)

 

 

旅の途中で誰かと出会って、肉体の関係のみを結んですれ違って行くっていうパターンの短編に興奮を覚えるところがあって。(三浦)

■やらない妄想、先行作品とのリンク

 

豊崎: 若い頃、勤めていた編プロの給料だけじゃ生活ができなくて、人の紹介でポルノ雑誌のライターをやってたんですけど、その雑誌1冊の3分の2くらいを1人で書いていたんですよ。

 

三浦: えー。そんな頃があったんですね。

 

豊崎: で、「愛読者体験手記」っていう、若い女の子の告白調で青姦とかスカトロとかの体験談をでっちあげるってコーナーの原稿を毎月のように書いてたんだけど、ある時、編集長から「豊崎さん、ほとんどセックスとかしたことないでしょ?」って言われちゃって。「この手のものって宇能鴻一郎や川上宗薫みたいにやり尽くしてる人か、想像だけで書いてる人のどちらかしか面白くないから。豊崎さんのは、いつもアクロバティックだもんなあ」って笑うわけですよ。中途半端にセックスしてると実体験で書けちゃうから退屈な原稿になりがちって説明してくれて、なるほど、と。体験してない奴に何が分かるんだっていう体験至上主義な人がいるけど、「やらない妄想」ってのもあるじゃんって私は思うんです。

 

三浦: 僕、未だに童貞で、それを強く主張していこうとは思っていないんですけど、「やらない妄想」っていうのは分かりますね。

 

豊崎: 三浦さんは以前、徳永京子さんプロデュースの「官能教育」で、堀辰雄の『鼠』を上演したでしょ。あれは傑作ですよね。堀辰雄が観ても喜んだと思う。ロロの作品を全部観てるわけじゃないけど、あれで三浦さんは一皮剥けたんじゃないかと思いました。今回の『ハンサムな大悟』の戯曲も途中までだけど読んで、稽古場も見学させていただいたわけですけど、『鼠』からやりたいことが一直線に見えてきたんじゃないですか?

 

三浦: ありがとうございます。確かに「官能教育」は大きくて。あのお話を振ってもらった時に、官能ってなんだろうって考えて、すぐ浮かんだのが、大学のセンター試験の過去問題に使われていた堀辰雄の『鼠』だったんです。自分に大きな変化をもたらした作品です。今、ある仕事の関係で、山本直樹さんの漫画を読み返していて、今回はそれに影響を受けてる部分もあるんです。山本さんの漫画で描かれる「行きずりのセックス」っていうパターンが大好きで。

 

豊崎: はい、はい。

 

三浦: 女の人や男の人が旅の途中で誰かと出会って、肉体の関係のみを結んですれ違って行くっていうパターンの短編に興奮を覚えるところがあって。僕は「出会い」というのをずっと書いてきたけど、山本直樹さんの作品は、関係は結ばない2人が、ある意味で肉体的な強い繋がりを持って、でもその一瞬だけで離れてく。「官能教育」からそういうものをやってみたいという気持ちが続いてきて、今回はそれが全面的に出ています。あと、ウェルベックを読み返したのが大きかったです。

 

豊崎: どの作品ですか?

 

三浦: 一番影響受けてるのは『ある島の可能性』です。あと、松井周さん演出、岩松了さん作の『蒲団と達磨』に俳優として出演したんですけど、『蒲団と達磨』ってセックスの問題の話なんですね。お互い一緒にいるだけじゃ駄目で、セックスというのものに対する矢印の色々なあり方みたいな作品で。そこからも影響受けてるなと思います。

 

豊崎: もちろんそうなんだろうとは思うんですけど、作家本人が「作品を書く時に影響受けました」って口にする先行作品の影って、傍から見るとそう濃くは感じないんですよね。稽古で部分的にしか観てないけど、戯曲を読んで、私の頭に浮かんだのは、ジョン・アーヴィングの『また会う日まで』なんですよ。

 

三浦: あっ!『また会う日まで』買ってあるんです。読めてないんですけど。

 

豊崎: 主人公がやっぱりモテモテ男子なんですよ。小さい時から同世代のみならず、うんと年上の女性からもモテて、初体験も早い男の子の成長譚。三浦さんはアーヴィングが好きなんじゃないですか?

 

三浦: アーヴィングの『第四の手』も大きいです。あれも稀代の色男の話で。最初はそこまで意識してたわけではなくて、ハンサムの語源が手だから、手の物語にしようと思ったんです。『第四の手』って色男が手を失う話だから、それで繋がっていって。

 

豊崎: こんな話をしてるのは、もちろん責めてるつもりではなく、アーヴィングの影が見えるとか、そういう先行作品からの影響が見える作品がむしろ私は好きなんです。すでにある作品世界からいい影響を受けて、それを新しい形で提示する。逆に言えば、21世紀の作家にはそれしかできないんですよ。技巧においても、物語においても面白いパターンはもう出尽くしてるから。だから、今の時代における良い作品というのは、色々なものとリンクするはずなんですよ。リンクするのは先行作品ばかりじゃなくて、たとえば演劇なら観客ね。今回の『ハンサムな大悟』を観ながら、三浦さんとは違う読書体験や映画体験、観劇体験を持つ観客各々が色々なことを想起して、そのリンクをもって作品を完成させる。そういう意味では、創作物って永遠に未完成ともいえるんです。観客が100人いたら、三浦さんが作った舞台に100通りのバイアスがかかる感じ。それで豊かになってくのが、開かれた作品なんじゃないかと思うんです。

 

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『ハンサムな大悟』 ©朝岡英輔

 

 

父親というものを乗り越えたりしても人生は続くんだから終わらないで続きを書いてみるっていうことをやりたかったんです。(三浦)

■ボーイミーツガールと一代記

 

三浦: 稽古が始まる段階で決めてたのは、今までの作品ではある関係性を持つ、もしくは持つことが失敗に終わるというところで終わっていたんですけど、産まれてから死ぬまでを絶対書くということ。例えば、父親というものを乗り越えたりしても人生は続くんだから終わらないで続きを書いてみるっていうことをやりたかったんです。

 

豊崎: 三浦さんにとって未体験なことですね。

 

三浦: だから一代記をやることにしたんです。みんなと一代記の話をした時に亀島(一徳)くんが、今もまだ生きている山本“KID”の話をし始めて、上がって、落ちて、落ちてっていう半生について語ってくれて、ああって思って。物語が終わったあとの惰性の時間みたいなものを長く書こうかなと思ったんです。物語の構成的にどうなるかは、まだちょっと分からないですけど。

 

豊崎: 私も小さい時に、桃太郎ってどこから来たのかって思ったりしたなあ。あと、桃の中にどうやって赤ん坊入れたんだろうとか、あんな大きな桃を生む女の人ってとか、桃の中に入った状態で生まれる一族が住んでいる村が川上にあるのかなとか(笑) 物語って常にどこか一場面を切り取ったものになっちゃうわけですよね。全部は見せない。見せられない。一代記っていうものも、ちゃんとやろうと思ったら80年生きた人だったら80年かかるわけで、だから正確な意味での一代記は誰にも書けない。なのに、みんな書きたがるんですよ。で、ボーイミーツガールの名匠もいよいよ一代記か、と。脚立の王がね(笑) で、これは予感なんですけど、三浦さんの初期の代表作になるんじゃないかなあ。それをロロの役者5人だけで作るっていう意味の大きさ、ね。

 

三浦: こんなに少人数で作るのも客演無しでやるのも初めてで。僕からメンバーだけで作りたいって提案したわけじゃなくて、制作の(坂本)ももちゃんから「メンバーだけで一回作品作ってみたら」って言われて。考えたら5人の芝居とかフルスケールで作ったことなかったんです。今まで一人一役で大体作っていったんですね。そうなると大体出会った人達は関係を持たざるを得ない。今までは、友達だったり家族だったり恋愛関係だったりの中で、どんなコミュニティを作って物語を展開させていくかをやっていたんですけど、今回それをやると5人だから全然話が膨らんでいかないから、じゃあ一代記にしようって。 (篠崎)大悟以外の人達の役柄をどんどん変えていって、色々なすれ違いを作っていこうって構成になったんです。

 

豊崎: 逆の性をやらせてるのはいいですよね、生々しさが減って。その手の生々しさで勝負してる劇団もあるけど、ロロは違うから。

 

三浦: 舞台上に不必要な生々しさ、求めていない生々しさというのが男性、女性だと生まれてきちゃうから。

 

豊崎: 本物の大悟くんが、劇中の大悟くんにぴったりだなと思ったのはね、タブラ・ラサっぽい人だから。まっさらで、何を考えてるのがよく分からない。ハンサムな人ってタブラ・ラサっぽい人が多いでしょ。周りがちやほやしてくれるからそれに乗っかっていってるだけで、何も考えてないように見えてしまう。不細工な人間は色々考えるわけですよ。私だって、小雪のルックスがあったら本なんて1冊も読んじゃいませんよ。やることいっぱいあるもん(笑) エステとかで自分磨きしなきゃいけないし、六本木ヒルズ辺りをふらふらしなきゃいけないでしょ。でも、こんな不細工に生まれついちゃったから、本を読んだりする時間がたっぷりあって、考えなきゃいけないことも山ほどあって、そうこうしてるうちに手に職がついていたという(笑) 今日の稽古で大悟くんが、三浦さんから「あれして、これして」って、どんな無茶ぶりされても「はい」「はい」って、言われるがまま無表情で対応してるのを見て、「この子大丈夫?」って思わず心配しちゃいましたよ。

 

三浦: あの大地をずるずる這うシーンですか?

 

豊崎: そうそう。あの、大地とセックスという場面を見て想起したのは村田沙耶香さんの小説『ハコブネ』という作品です。

 

三浦: そうなんですか?

 

豊崎: セクシャルマイノリティのパターンをいくつか扱った作品ですけど、登場人物のひとりが大地というか地球というか星をとセックスをしたいという願望を抱いた女性なんです。

 

三浦: 読んでみます。

 

豊崎: そんな風にいろんなものを思い出させてくれる作品が、私は小説でも映画でも演劇でも好きなんです。もちろんガチガチのエンタテインメントも楽しいし、実際昨日は、松尾(スズキ)さんの日本総合悲劇協会vol.5『不倫探偵~最期の過ち~』を観てきて、「よっ、手練れ!」と声をかけたいくらい完成度の高い娯楽性を堪能してきましたし。そういえば、アフタートークには、私が大好きなナイロン100℃のケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんが来てくださるじゃないですか。すごいなあ。三浦さん、出世したなあ(笑) 

 

三浦: 望月(綾乃)さんも(森本)華ちゃんも二人共、客演でお世話になってる関係で、ロロも観て頂いていて。ケラさんも長い時間を書く作品がいくつか。ありますね。

 

豊崎: ケラさんは、放っておくと四時間くらい演る。生から死まではやらないにしても、かなり長いタームで登場人物を描くタイプの作家ですよね。この一代記にケラさんがどんな感想を言ってくれるか、楽しみですね。ケラさんに観ていただくのは岸田戯曲賞受賞への布石ですよ。狙ってくださいよ、岩松さんも押さえたことだし(笑)

 

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『ハンサムな大悟』 ©朝岡英輔

 

 

スケールの小さいルールから耳半分でいるためにも、別のルールで動いてる世界を知っておいたほうがいい。(豊崎)

■誤読のススメ、海外文学のススメ

 

三浦: 豊崎さんには、公演のアフタートークにも来て頂くので、読んだ方がいい本なんかを薦めて頂けたらなって思っていて。

 

豊崎: やっぱりまず『また会う日まで』ですね。この芝居とは関係ないけど、最近読んだ中では台湾の作家・呉明益の『歩道橋の魔術師』っていう連作短篇集がすごくよかったです。ある種のノスタルジーを巡る物語なんだけど甘くない。リアリズムとマジックがいい感じに混じり合ってて、感服つかまつり候だったなあ。翻訳小説というとどうしても欧米中心の紹介になっちゃうのは、名誉アメリカ人気取りの日本人がアジアをどっかバカにしてて、その手の作品が訳されても読まないからなんですよ。ノーベル賞の時期が来ると今年こそ村上春樹がとか大騒ぎするけど、アジアには春樹なんかよりずっと凄い作家が大勢います。2012年にノーベル賞を受賞した莫言。同じ中国には残雪や閻連科もいるし。タイににだってデビュー作が素晴らしかった作家がいますよね。

 

三浦: 『観光』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ)ですか?

 

豊崎: そう。あと、先日日本翻訳大賞の第1回が発表されましたけど、2作受賞のうちのひとつが韓国の作品『カステラ』(パク・ミンギュ/ヒョン・ジェフン)だったんですけど、すごくいいんですよ。最近読んだ本だと、インド系イギリス人作家ハリ・クンズルの『民のいない神』も面白いですよー。UFO小説。私の世代って小学生の時に超能力と未確認飛行物体ブームの洗礼を受けてるんですよ。屋上で手をつないで「ベントラベントラベントラ…」って唱えてUFOを呼ぶ儀式したりして(笑)

 

三浦: (笑) 今UFOで思い出したんですけど、僕はサブカルチャーで育ってきた意識があるから、そういうものを引用してシーンを作ったりしてるんですけど、「フェスティバル/トーキョー11」の公募プログラム(vol.6『常夏』)に参加した時に、タイの演劇評論家の人が来てくれて、冒頭、空港で女の子が男に会いに行くけど彼氏はもう行ってしまったっていう別れのシーンがあって、僕の中では、トレンディドラマ的なフレームで作れたなと思うんですけど、その評論家の方と対談をさせて頂いた時に、「最初のUFOで連れて行かれる男がよかった」って(笑)

 

豊崎: へえー。タイの人には日本のカルチャーが分からないから、ドラマの文脈を抜かすとUFOにさらわれちゃった人間の話に見えたんですねえ(笑)

 

三浦: そうなんです(笑)

 

豊崎: また話が膨らんだじゃん。作品ってそうやって豊かになるんですよね。観た人の数だけのロロの作品がある。それは嬉しい経験でしたね。小説でもそうなんですけど、面白い誤読はいいと思ってるんです。その作品が豊かになる誤読だったらすればいいと思う。だけど貶めたり魅力を減じてしまうような誤読は絶対しちゃいけない。タイの評論家の方のはいい誤読。サブカル野郎の三浦さんには引き続き海外文学を沢山読んでほしいです。なかなかいないんですよね、海外文学に造詣が深かったり影響を受けてる演劇人が。

 

三浦: 本谷有希子さんの小説もガラッと作風が変わりましたよね。

 

豊崎: 本谷さんがどこかで言ってたらしいんですけど、海外文学に救われたって。海外文学が、“小説らしさ”みたいなものに押しつぶされそうになってた自分を楽にしてくれたって。そういうことあると思うんです。海外の作品のレベルを知らない井の中の蛙が、日本の文化や文脈だけを押しつけてくる。そういう蒙昧無知な連中のスケールの小さいルールから耳半分でいるためにも、別のルールで動いてる世界を知っておいたほうがいい。

 

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『ハンサムな大悟』 ©朝岡英輔

 

 

批評家を馬鹿にしてるジャンルは将来的に絶対痩せ細ります。優れた創作者というのは伴走する批評家を求めるはずなんですよ。(豊崎)

■批評を育てる、物語を信じる

 

豊崎: どの分野でも今、創作者の伴走者としての批評家が若い世代で生まれてきようがない社会状況になってますよね。私、『ニッポンの書評』っていう本を書いたんですけど、そこで私が「作家」と「作品」と「批評家」と「編集者」と「書評家」で見立てたのが大八車なんです。大八車に乗っかってるのが「作品」。で、両輪が「作家」と「批評家」、前で引っ張ってるのが「編集者」で、「書評家」は大八車を後ろから押す役目です。でね、批評の力が弱まるとどうなるかっていうと、片方の輪っかだけが小さくなるもんだから、大八車がその場をぐるぐる回るだけになっちゃうんですよ。だけど、もし両方の輪っかが同じくらいすごく大きかったら、短時間で遠くまで真っ直ぐ進むことができる。それってどういうことかと言うと大勢の色んな読者に届くってことなんです。だから批評は大事。批評家を育てなきゃ駄目だと思う。批評なんか要らないって、批評家を馬鹿にしてるジャンルは将来的に絶対痩せ細ります。優れた創作者というのは伴走する批評家を求めるはずなんですよ。

 

三浦: 演劇もそれを特に感じます。演劇は媒体自体も少ないので。

 

豊崎: 今回、声かけて頂いて嬉しかったです。生物学的にいうと、三浦さんは子供世代ですけど、文化的な時間で考えると孫世代なんですよ。弟、妹世代はちょっと憎たらしいし、相手するのが面倒臭いんだけど、孫までいくとものすごく可愛い(笑) 

 

三浦: 僕は、今年で28歳になりますね。

 

豊崎: 文化的には孫。私の書評を中高生の時に読んでくれた孫世代が、こうして新しいカルチャーの担い手になっているという感慨と歓び、ね。三浦さんはサブカル好きを自認してらっしゃるけど。今はオタクが強いでしょ。オタク=サブカルみたいになってるじゃないですか。でも、わたしが20代の頃なんかはオタクとサブカルってすごく仲が悪かったんですよ。オシャレなサブカルがダサいオタクのことを見下してたのが良くないんだけど。ところが、今は立場が逆転。宮沢章夫さんが「ニッポン戦後サブカルチャー史」っていう番組をEテレでやってらしたけど、あれは労作でしたねえ。サブカルの定義を時代ごとに厳密に検討してるのが素晴らしかった。宮沢さんのことは大好きでラジカル(ガジベリビンバ・システム)時代から観てて、言ってみれば同世代のスターですよ。私より5歳しか上じゃないけど、若い頃からすごい人だったし、今もすごい人。

 

三浦: 宮沢さんにフルスケールを観てもらったのは前回公演(ロロvol.10『朝日を抱きしめてトゥナイ』)が初めてで。その時は、ゆっくりお話できなかったけど「今の演劇よりもう少し前の雰囲気があるな」というようなことを終演後おっしゃってました。それとは別だけど、僕、アングラっぽいって、たまに言われるんですよね。

 

豊崎: なるほどね、アングラとまで言わないけど、分かるような気がします。猛威をふるっている(笑) チェルフィッチュ的な作劇とは違いますもんね。だから逆にいうと今の若い人には新しく映るのかもしれませんよね、ロロの芝居は。静かな演劇でもないし、マームとジプシーのようなスタイルでもない。むしろ、テレビドラマとか映画の影響のほうが大きいとか? 確実に言えることは、物語性をとても大事にしてるってことですよね。

 

三浦: やっぱり最終的にストーリーテリングを手に入れたいっていう欲望がすごく強いからなのかなって思いますね。

 

豊崎: 三浦さんの戯曲の特徴のひとつに物語を信じてるってことがあると思うんです。だから、好きな作家にしても古川日出男だったりジョン・アーヴィングだったり、自分と同じように物語の力を信じてるタイプなんだろうなっていうのは、芝居を観てると分かります。それが先祖返り的に新しいのかもしれない。

 

三浦: 古川日出男さんにも何度か観に来ていただいてて、去年『朝日を抱きしめてトゥナイト』(ロロvol.10)をやった時のアフタートークで、僕が本当に緊張してお話できなくて、優しくお説教されたんですけど(笑) その後で劇場で飲んだ時に、物語を書きたいんですって言ったら、「じゃあ、やっぱり一回稽古の前に書き上げないとね」って。ゆっくりお話した機会はないんですけど、一番最初に会って、ロロ初めて観に来て頂いた時に、「きっとどこかでルーティンになっちゃう、その時にすごく大変になってくるから」って古川さんが言って下さって、いまだにその言葉たちは残っていますね。

 

豊崎: 古川さんとのコラボ(デビュー15周年記念イベント『声を狩る2013 古川日出男の「朗読空間」』)も良かったです。すごく勉強になったんじゃないですか?

 

三浦: 『小説のデーモンたち』は、本当に背筋が伸びる本なんです。

 

豊崎: あれは創作してる人達を甘やかさないストイックな本ですよね。

 

三浦: はい。

 

豊崎: 今は大きな物語が信じられない時代だと言われていて、そういう考え方があってもいいけど、本音は「脆弱だろ」って言いたいんですよ。事実は小説より奇なりっていう言い方についても、私は、「何言ってるんだこの野郎」とか思うわけ。確かにあの地震と原発事故は、日本という国の根底を揺るがすくらい大きな出来事です。今だって何ひとつ解決してない。でも、実際問題、物語にはもっとすごいことが連綿と書かれてきてるんですよ。旧約聖書読んでごらんなさいよ、海割れちゃうんだから(笑) 

 

三浦: (笑) 

 

豊崎: 物語には何の力もない的な発言をする人って、面白い小説を読んだことがないんですよ。物語が、誰かと、何かを救うってことはあるんです。たとえば、古川日出男さんが最新作『女たち三百人の裏切りの書』という小説でやろうしてることのひとつが物語が世界を変えるって証明です。それくらい強い意志がなかったら、何のために小説書いてるのか、何のために演劇や映画を作ってるんだって言いたい。強い物語を作れる人は不遜なまでに自分の意志が世界を変えるんだって信じてるんだと思うんです。古川さんという作家はその強い意志が超一流なんですよ。そんな古川さんのコラボの相手に選ばれたんだから、三浦さんは誇りにしていいと思います。そういえば、去年から古川さんがやっている教室(ただようまなびや 文学の学校)が今年の秋、福島で開催されるんですけど、その講師に呼ばれたんですよ、私。「深く読む」ってことを模索しようと思ってるんですけど、三浦さん、一緒に何かできないかなあ。

 

三浦: うわぁ、是非。

 

豊崎: やりましょう、やりましょう。何か面白いこと考えましょう、ババアと孫で(笑) 

 

 

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PROFILE 三浦直之 Naoyuki Miura
1987年生まれ。劇作家、演出家、俳優。2009年「家族のこと、その他たくさんのこと」で王子小劇場「筆に覚えあり戯曲募集」に史上初入選。同年、主宰としてロロを立ち上げ、以降全作品の脚本・演出を担当。『芸劇eyes番外編「20年安泰。」』『F/T11公募プログラム』『KYOTO EXPERIMENT 10、11、12』『吾妻橋ダンスクロッシングファイナル』など、現在までに短長編含めて30本の作品を発表。2013年、初監督映画『ダンスナンバー 時をかける少女』(製作:ロロ)が、MOOSIC LAB 2013準グランプリほか3冠を達成。代表作は『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校』『LOVE02』『朝日を抱きしめてトゥナイト』『ロミオとジュリエットのこどもたち』など。

 

Information
■ロロ vol.11『ハンサムな大悟』 (2015年6月4日〜14日)

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豊崎由美 Yumi Toyozaki
1961年生まれ。ライター、書評家。『本の雑誌』『GINZA』『ダ・ヴィンチ』『婦人公論』などで書評を執筆。文芸のみならず、演劇、競馬、スポーツ、テレビドラマなど興味はエンターテインメント全般に及び、執筆活動の範囲はきわめて広い。主な著書に 『石原慎太郎を読んでみた』(栗原裕一郎共著、原書房)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『正直書評。』(学習研究社)、『勝てる読書』(河出書房新社)、また共著にシリーズ『文学賞メッタ斬り!』(大森望氏との共著、PARCO出版)、『百年の誤読』(岡野宏文氏との共著、ぴあ、アスペクト)など。また、小説家の柴崎友香、長嶋有、ゲームクリエイターの米光一成と共に、作家本人不在のまま応援するスタイル公開読書会「スポークンワード」なども開催。