『グッド・ストライプス』 岨手由貴子監督 インタビュー

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  • 2015.06.03

『グッド・ストライプス』 岨手由貴子監督 インタビュー

自意識を拗らせたまま大人になった文化系女子と、都会育ちの優柔不断な草食男子のカップルの妊娠発覚から始まり、結婚式に至るまでを描いた映画『グッド・ストライプス』が現在、公開されている。主役の緑を演じるのは、自ら編集長を務めるムック本『マッシュ』を刊行するなど、カルチャー感度の高い20代〜30代からカリスマ的な支持を得るモデル・女優の菊池亜希子。相手役の真生を、NHK『花とアン』で注目された俳優、中島歩が演じている。メガホンを取ったのは、脚本執筆から完成まで4年を経て、これが長編映画デビューとなる岨手由貴子監督。当初はシニカルなコメディを想定していたが、自身の結婚などを通して、より等身大でドラマにならない日常のドラマを活写した、現代的なようで普遍的な幸せを描いた話に自然となったという。今回、その岨手監督に話を聞いた。

(撮影・取材・文: 川端哲生)

 

 

菊池さんには、ご自身の好きなものを追究されている芯の強さを感じていたから、緑に合っているって思ったんです。(岨手)

 

———脚本執筆から撮影に入るまで4年を経て、その過程で、監督ご自身も結婚を経験されて心情の変化もあったと思うんですが、まず今回の映画化までかなり長い道のりがありましたよね。

 

岨手: 私のような新人監督ってデビュー作を撮るっていうこと自体が難しい状況で、オリジナル脚本だったのもありましたし、4年前にシナリオコンペに出して、映画にしようって話は一度出たんですけど、震災や不況で頓挫したりしていた中で、今回のタイミングで、女性映画をやらないかと企画を頂いて実現した感じなんです。

 

———4年前の脚本と映画の内容は近いんですか?

 

岨手: 8割くらいは変わらないんですけど、その間に自分の結婚式もやったのでその体験談も肉付けしたりはしていますね。タイトルも当時から、素晴らしき平行線って意味を込めた『グッド・ストライプス』のままなんです。

 

———緑役を演じた主演の菊池さんは、世間的に文化系女子のアイコンみたいな印象があるのに、コンプレックスを抱える緑という役をやられているのが面白いですね。

 

岨手: キャスティングが決まった当時はまだ、菊池さん責任編集の「マッシュ」の第1号が刊行される前でしたけど、単純に女性として自分の好みの方だったんです。いわゆる「非モテ」みたいな人物を演じてもらう事に結果なったんですけど、そういうことよりも、緑っていう人って、男性にモテることよりも自分自身や趣味を共にする仲間だとか、自分の文化圏を大事にしてるキャラクターなので、菊池さんには、ご自身の好きなものを追究されている芯の強さを感じていたから、緑に合っているって思ったんです。

 

———一方の中島さん演じる真生は、優柔不断で受身な男性ですが、とぼけた感じがとても合っていますよね。

 

岨手: 相手役はなかなか決まらなくて、優柔不断でイジイジした感じの役って、役者さんによっては観客が嫌いになってしまうこともあり得るなって、プロデューサーとそこをすごく気にしていて。それで決めかねていた時期に、中島君が出演した舞台を観に行く機会があって、その時の演技がとても面白くて。噛んだりしていて上手くはなかったんですけど、愛せるなって思ったんです。

 

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『グッド・ストライプス』 ©2015「グッド・ストライプス」製作委員会

 

———憎めないような愛らしい存在感がありますよね。

 

岨手: そうなんです。すごく役作りして真面目に取り組み過ぎたら、この役は面白くなくなっちゃうって思って。役者ご自身の魅力半分、役作り半分でうまくいく人がいいんじゃないかって考えていたんです。中島君は、役を演じながらも自分自身の魅力を失わないで居続けることが出来そうだと思ったんです。

 

———じゃあ、演出も持っている魅力を活かすようなやり方だったんですか?

 

岨手: 実は、中島君の演じる真生を中心として、他の役者さんの演技のバランスを調整していた感じもあって。

 

———そうなんですね。女性映画のような打ち出され方ですけど、男性も感情移入できるというか響くと思います。例えば、浮気のシーンも事件としてではなくて、日常の一片として描かれているというか、緑の存在を確かめる出来事みたいな切り取り方ですよね。いわゆる大きなドラマにしない意図はあったんですか?

 

岨手: 浮気って、好んでしたくはないしされたくもない事だって誰しも思ってるけど、起こり得ることじゃないですか。浮気をしたら女は気付くってよく言われるけど、気付かないパターンも多いと思うんです。

 

———浮気は当然いいことではないですけど、長い人生でみた時にパートナーである緑の大事さに気付けたなら必ずしも悪い事じゃないかもしれないっていう俯瞰した目線で描かれるのがリアルでした。プラトニックな方がむしろ真の浮気というような感覚も。

 

岨手: この映画全体で私がやりたかったことっていうのは、恋愛関係に限らず人の行動って正しいとか正しくないだけでは計れない部分って沢山あると思っていて、緑と真生は、他人からみると別れた方がいいんじゃないって言われがちな2人だと思うんですけど、それは1つの側面からの意見に過ぎないって思うんです。浮気についても、日常の中でドラマを生まないまま過ぎ去る場合もあるんじゃないかなって。

 

感情を爆発させてドラマチックな感じになっていても、日常的な場所にいって、一瞬忘れて、どうでもよくなることってあるので。(岨手)

 

———この映画全体の印象が、ドラマにならないドラマを描いている感じがあって、温度が高くない結婚観についても現代的と言うより、意外と普遍的なのかなって思って。価値観や趣味が一緒じゃない相手の方が長く続くってよくあることだと思うので。

 

岨手: 私も2人の関係自体は普遍的だと思って作っているんですけど、こういうものを作品化するってことが現代的というか、こういうことを声に出して言ってもいい世の中になったという感じなのかなって。

 

———なるほど。そうかもしれないですね。真生の離婚した父親との関係も作品の重きを占めてると思うんですけど、演じるうじきつよしさんが素晴らしくて。

 

岨手: うじきさんカッコいい方でした(笑) 実は、真生と父親の親子の関係を描くのが一番悩んだところなんです。経験を伴わないので。

 

———優しいのか突き放してるのかよく分からない距離感にリアリティを感じましたけど。

 

岨手: 良かったです。こういうおじさんっているなってイメージはあっても、具体的な造形っていうのが出来なかった人物で、演出する時に「これって、どういうキャラクターなの?」って、うじきさんに聞かれた時に、私みたいな若者から見てカッコよく映る男の人で、でも結婚するのは違うかなって思われるタイプなんですって伝えて。そしたら、「まあ分かったかな」って言って下さって。うじきさんご自身の魅力でやって頂いたところもあります。

 

———中島さん同様、うじきさんの元々の魅力を活かした部分があるんですね。それって、この映画の演出に対しての岨手監督の基本スタンスだったんですか?

 

岨手: 例えば、台詞の言い方を変えることで意味が変わってくるような日常的なやり取りの語調の強弱については拘って演出したんですけど、基本的なスタンスとしては、大きなドラマがない分、実在感っていうのが一番重要だから、段取りを付けるというよりも、関係性を観察しているような感じでした。

 

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『グッド・ストライプス』 ©2015「グッド・ストライプス」製作委員会

 

———リハーサルは何度か重ねたんですか?

 

岨手: 主演2人については、クランクイン前に5日間くらいかけて、リハーサルしたんですけど、具体的にシーンを練習するというよりは、人物のバックグラウンドを共有する作業と、軽くシーンの打ち合わせをしつつ、カットをかけずに即興芝居をしてもらったりしました。

 

———確かにリハをやり過ぎるとお芝居の鮮度は落ちたりもしますしね。

 

岨手: そうなんです。うじきさんは設定としては、距離がある真生よりも緑との方が打ち解けるみたいな空気を出したくて。実際もそうだったんです。休憩中も中島君はうじきさんに緊張していて、菊池さんは大人だからすごく盛り上がって話をしていて、中島君は遠巻きでそれを見ていたんです。それならって思って、中島君には、最初に会うシーンまでは、うじきさんと喋らないでって伝えて。あのシーンは映画の3分の2を撮り終わったくらいでのシーンだったんですけど、その頃は、本当に真生自身みたいになっていて。中島君っていい意味で、影響されやすいというか、休憩時間もずっと真生で(笑) カメラマンさんも段々と中島君の芝居に比重がいっちゃったみたいで。

 

———何を考えてるか分からない真生の表情に寄ったカットは多かったですね。あと、中村優子さん演じる紗代子も難しい役どころでしたけど。

 

岨手: 紗代子は、夫の従姉妹をモデルにしてるんですけど、言ってはいけないことも含めて、悪気なく言ってしまっても許せちゃうみたいな人にしたくて。

 

———分かります。劇中で、紗代子が真生に傷つく一言を言ってしまいますけど、あの後で怒りを隠せない真生がコンビニへ行くじゃないですか。ああいう本筋には無関係に思えるシーンも好きで。そういったディテールを積み重ねることが、映画のリアリティを高めてるように思えるんです。

 

岨手: 普通の映画なら絶対に切れって言われるシーンですね(笑) でも、無駄が大事だって私は思っていて。深い意味があるわけじゃないんですけど、感情を爆発させてドラマチックな感じになっていても、コンビニみたいな日常的な場所にいって、自分に起きたことより、目の前で些細なことが起こってたりすると、一瞬忘れて、どうでもよくなることって、人の生活の中にはあるんじゃないかなって思って。

 

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『グッド・ストライプス』 ©2015「グッド・ストライプス」製作委員会

 

———映画を観る際の感情の線があるとしたら、そこから逸れるようなシーンですよね。でも誰しも生活の中で1つのことをずっと考えてるわけではないし、そういうサブエピソードがこの映画の魅力の1つですよね。臼田あさ美さん演じる裕子のライブの前後の一連のシーンもすごく良いんですが、緑と裕子の友達関係の描き方での拘りってありましたか?

 

岨手: 緑って真生に対してつれない感じというか仏頂面で可愛くない女の子なんですけど、そういう子に限って、女友達に甘えるみたいなのって女の子のあるあるだったりするんです。緑は真生との関係がマンネリ化しちゃってますけど、恋愛中心の生き方ならそれで別れようってなると思うんですよ。でもそれすらどうでもよくて、裕子と遊ぶこととかライブにいくことに一生懸命になってるんです。裕子は緑にとっての青春なんですよね。女の子って自分で実現出来なかったことを投影して頑張る存在って必要で。それが女友達じゃなくても、好きなミュージシャンとかアイドルとか何でもいいんですけど。

 

———緑にはそういう存在が身近にいるんですね。2人は喧嘩してお互い不機嫌だとしても、一緒に歩くし、見送るし、でも喋らないみたいな。それって逆にいうとずっと続いていくってことだと思うんです。

 

岨手: 緑って自分らしさってのを守ったまま結婚という女のハードルを超えたみたいなタイプなんですよね。言い換えれば、自分自身のまま人生の駒を前に進めることが出来た。状況が似てる友達と付き合うっていう女性の本能みたいなのがあって、結婚して子供の話が出来ないと独身の友達と距離が出来ちゃうとか、そういう部分ってあると思うんです。緑は自分自身のままで真生に受け入れてもらって結婚したから、これからも裕子とは仲良くできるんじゃないかなって私は思ってます。

 

———緑と裕子のシーンは全体的にとてもいいシーンが多かったです。

 

岨手: ありがとうございます。臼田さんが演じた裕子ってキャラクターはこの映画の中で私は一番好きかもしれないです。かっこいいんです。

 

———臼田さんと劇中でバンドをやっている役のSugar Meさんの歌も良かったですけど、劇伴担当の宮内優里さんの音楽も、ナイーブでスローな映画の世界観にマッチしていていますよね。

 

岨手: 宮内君は私が映画監督を志す学生時代から共通の知り合いがいて、自主映画を撮った時にも音楽をお願いしたりしていて、今回もお願いした感じです。

 

震災や自分の結婚を経て、先のことや今の肩書きやお金ではなくて、目の前にいる人をきちんと見ることしかないなって。(岨手)

 

———最後に、この映画を観る方々に一言頂けますか? 結婚している人、していない人。結婚しようという人、全くする気がない人。色々いると思うんですけど。

 

岨手: 女性でも色んな選択肢があるし、社会が容認してくれるような時代だと思うんです。結婚したから勝ち組ってことじゃないし、逆に結婚しても安泰じゃなかったり、全てが不確かで、全てが正解みたいになってきている。自分自身の人生をきちんと楽しむとか、きちんと賄うとか、自分あっての相手という感じで。男性も不安定な人まで支えられないよとか弱音も吐ける時代だと思いますし。

 

———お互い依存し過ぎずに自立してということですね。結婚後も生活は続いていきますからね。

 

岨手: グッド・ストライプスみたいな感じですね(笑) 宣伝みたいですいません。最後に、これは初めて言いますけど、この作品を震災の後で作ったことは大きいんです。すごくお金があるとか、家があるとか、勤め先があるとか何もかも不確かだなって思ったんです。先のことというのは当てにならないから、ただ目の前にいる相手の見えるものだけを見るべきだなって思ったんですよね。それはお互いにそうなんですけど。未来のことは考えなくていいとまでは言わないですけど、私自身の価値観として大きく転換したことが活かされてると思います。

 

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———当初はもっと皮肉っぽいコメディを想定していたんですよね?

 

岨手: 最初は一見お洒落に見えるカップルの実はダサい部分をフィーチャーした感じのコメディ色の強い感じだったんですけど、震災や自分の結婚を経て、先のことや今の肩書きやお金ではなくて、目の前にいる人をきちんと見ることしかないなって変わったんですよ。そんなシリアスな話ではないんですけど(笑) 自分自身がこの作品に対して切実になったんだと思います。

 

———意図せずそうなったんですね。幅広く共感を得る映画だと思うので、ロングランを期待しています。

 

 

作品情報 『グッド・ストライプス』

 

 

監督・脚本: 岨手由貴子
主題歌: 大橋トリオ「めくるめく僕らの出会い」
音楽: 宮内優里
出演: 菊池亜希子、中島歩、臼田あさ美、井端珠里、相楽樹、山本裕子、中村優子、杏子、うじきつよし
配給・宣伝: ファントム・フィルム

 

2015年5月30日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

 

in_main1 ©2015「グッド・ストライプス」製作委員会