Collaboration Talk Series こらぼる vol.1  前田司郎 × 今泉力哉

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  • 2015.04.30

Collaboration Talk Series こらぼる vol.1
前田司郎 × 今泉力哉

『こらぼる』とは…?
異なるステージ、異なるフィールドで活躍する2人が、聞き手と話し手をシフトしながら、それぞれの「核心」について発見し合う、1対1のコラボレーション・トーク連載。

第1回は、劇団、五反田団を主宰する岸田戯曲賞作家で、優れたドラマ脚本に贈られる向田邦子賞を先日受賞したばかりの前田司郎。そして、独自の恋愛映画を更新し続ける映画監督で、5月12日より幕が上がる初舞台『アジェについて』に挑む今泉力哉の2人のコラボレーション。一見脱力系に見せながら、人間同士の「わかりあえなさ」と「わかりあいたさ」のせめぎ合いを鋭く描く前田ワールドと、「好き」や「想い続ける」ということを疑い、関係性の機微を丁寧に描く今泉ワールド。独自の立ち位置を確立している感のある2人は、演劇外、映画外へと活動の場を広げている共通項もある。展開された貴重な創作談義をお届け。

(構成: 川端哲生)

 

 

映画の場合は誰かの土地に行って撮影してそれを見せるわけだから、場に対する緊張があるのかもしれませんね。(前田)

■映画人の演劇、演劇人の映画

 

今泉: 初めて演劇をやらせて頂くことになって、昨日も稽古してたんですけど、まだ台本は書けてなくて(笑) 4月末に新作映画(『知らない、ふたり』)の撮影もあって、最低でもその撮影後には舞台の台本が書けていないとアウトなんですけど。

 

前田: やっぱり映画は慣れてるから、演劇の方が大変ですか?

 

今泉: 映画って、撮影、編集、上映みたいに山が別々にあるんですけど、演劇は全部一カ所なので、演じてる場所が見せる場所っていう当たり前のことですけど、一回で頑張らないといけないので、それが大変に感じます。

 

前田: 僕は初めて映画を撮った時、逆のことを思いました。やっと撮り終わったと思ったら、編集しなきゃいけないとか。次、タイトルテロップ、整音、カラコレって感じで、いつ終わるんだこれ?みたいな(笑) 

 

今泉: 演劇の台本があまりに書けなくて、演劇されてる方が撮った映画を観ようっていうよく分からないテンションで、前田さんが監督された『ジ、エクストリーム、スキヤキ』を観させて頂いたんです。まず、ああいうトーンの作品をあの規模の商業映画でやらせてもらえる前田さんは偉大だなって。

 

前田: 段々、話が大きくなっていったんですよ。キャストの(井浦)新さんだけ決まっていて、もっとインディーズに近い乗りだったけど、窪塚(洋介)さんが決まってから大きくなっていって。新さんのスケジュールの関係で予定より後ろ倒しになって。最初は『偉大なる生活の冒険』って戯曲を元に映画化する予定だったんです。最近、映画監督が演劇をやるのが増えてるような気がするけど、どうなんですか? あんまり上手くいったって話をきかないですけど。

 

今泉: 演劇の方が撮った映画にもそれを感じます。やっぱり何かが違うんだろうなって気がします。でも、赤堀(雅秋)さんの『その夜の侍』は面白かったです。まだ観れてないですけど、三浦(大輔)さんも撮られてますよね。

 

前田: 赤堀さんのも三浦さんのも面白いはずですよ。観てないけど。多分、赤堀さんは映画を撮りたかった人だと思うんですよ。本当は映画をやりたかった人が、演劇から始めたんじゃないかな、推測ですけど。だから少し特殊なケースかもしれないですね。

 

今泉: 同世代の演劇の方達のことって意識されますか?

 

前田: 意識はしてないですけど、昔はよく一緒に取材を受けてましたね。毛皮の江本さんとか、三浦さんとか。江本さんとはたまに会います。三浦さんはずっと会ってなくて、Facebookで、たまにメールをするくらいで(笑)

 

今泉: 前田さんより若い世代の人達とは交流してたりするんですか?

 

前田: 僕はほとんど交流がないですね。あんまり芝居を見ないから。(玉田企画の)玉田君とか、(岡崎藝術座の)神里君とか、(ままごとの)柴君くらいまでですね。でも、芝居を観に来てくれたり、アフタートークに呼んでもらったりして接触があるくらいで、吞みに行こうとかいう話にはならない。でも、映画人こそ、そういうの薄そうですけど、そんなことないですか?

 

今泉: 自主映画を撮ってた頃の同世代とは持ちつ持たれつやってたので、今も呑んだりしますけど、上の世代の方と呑むとかはないかもしれないですね。

 

前田: 演劇だと俳優とスタッフで一緒に作る感覚があるんですけど、映画の場合はなんだかそれぞれの仕事をするみたいな、待機場所も別々だし、あんまり交流がない様に思ったんですけど、どうですか? 俳優とスタッフの間で世間話でもいいから交流があれば、俳優もやりやすかったりすると思うのですが。

 

今泉: 商業映画の現場は確かにそうかもしれないです。『ジ、エクストリーム、スキヤキ』を観て、前田さんが五反田団でやられてる空気の芝居って、もしかしたら映画俳優だと難しいのかなって思いました。演劇の人と比べると、巧い人がわざとやってるように見えてしまう怖さがあって。だから、内田慈さんとか、黒田大輔さんが妙に馴染んで見えたりして。

 

前田: そうかなあ。五反田団の空気っていうのがあんまり良くわからないですけど、何か違いがあるとしたら、舞台と映像が作られる場の質の違いかもしれません。舞台上は自分の家で、お客さんをそこに招くつもりでやりますが、映画の場合は誰かの土地に行って撮影してそれを見せるわけだから、場に対する緊張があるのかもしれませんね。

 

今泉: 自分の場合、ずっと映画を自宅で撮ったりしてて(笑) 『サッドティー』って映画でも、メインのシーンは自分の家で。場所を探すのが面倒くさかったのもあるんですけど。

 

前田: それいいですね。カメラとか何を使ってるんですか? (Canon EOS)7Dみたいなやつですか?

 

今泉: ちゃんとしたカメラで撮る時もあります。カメラマンと予算内で相談しながらって感じで。自宅で家族とか決まった役者と週末に撮るみたいな監督が昔、海外にいたんです。だから前田さんが言った「場に慣れる」って分かるし、大きい気がします。つくりもの感が怖いというか。だから、連日同じ場所で撮ったりできると役者さんも馴染んでくるっていうのは確かにあるかもしれないです。今、演劇の稽古を諸事情で、毎日違う稽古場を使ってやってて、結構それがきつくて。きっとそれも良くないですよね?

 

前田: 演じる側はゲストじゃなくてホストにならないといけないと思うので、同じところで稽古するのは意外と大事な気がします。けど、予算の都合で仕方ないんでしょうね。公民館を転々として稽古するのが普通みたいです。稽古場を持ってる僕が恵まれてるだけで。稽古場がなかった頃は僕の部屋で稽古してましたね。近所の公園とか。

 

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どれだけ自分を犠牲にしてるかというところで、なんか凄いことやってる気持ちになっちゃうのは危ないと思います。(前田)

■作品の付加価値、言葉のニュアンス

 

今泉: 五反田団がチケット代を安くできてるのって、チラシとか色んなものにお金を掛けていない理由もあるんですよね?

 

前田: 最初に予算を幾らって決めて制作してるんです。予算内で遣り繰りするために、稽古場借りないで家でやろうとか、チラシも一番安い紙でやろうって。借金はしたくないので。

 

今泉: 分かります。それだと続かないと思うんです。自主映画で一本の映画にお金を注ぎ込む人もいるけど、それで借金して次が作れないみたいなことがあって。その映画が失敗した場合にはよく分からない状態になっちゃうから。

 

前田: どれだけ自分を犠牲にしてるかというところで、なんか凄いことやってる気持ちになっちゃうのは危ないと思います。苦労して作った物が必ずしも面白いとは限らないから。あくまで完成した内容で価値を判断するべきで、製作の過程なんてどうでも良い。

 

今泉: 苦労してるとか関係ないですし、楽なやり方で、面白いものを作れたら、確かにそれが一番いいですもんね。

 

前田: 苦労した上で、面白い方が付加価値は確かにあるもかもしれないですよね、観てる側からすると。この役のために歯を抜きましたとか言うけど、歯を抜かないで、それやれるのが一番だろ、とか思う(笑)

 

今泉: 頑張った系のことを言っちゃう問題はありますね。舞台でも終わった後にカーテンコールする、しないとかもあるじゃないですか。

 

前田: カーテンコールをしないのはあまり聞かないですけど。僕らも礼だけはします。それはサービスとしてやった方がいいって気持ちがある。お客さんも終わった感が欲しいだろうし。

 

今泉: 下手すると、頑張りましたとか、一生懸命やりましたとか、舞台上で語り始める場合もあって(笑) そういうのは少し切なくなってしまいます。

 

前田: 僕もダブルコールが苦手で、別にもう出てこなくていいよって思っちゃう。お客さんの中には、何回も出てきて欲しい人もいるとは思うけど、早く帰りたい人もいると思うから。フランスでは、酷い内容じゃない限り2回は大抵あって、3、4回起こるとなんとなく高い評価というのが通例みたいです。

 

今泉: 海外公演のお客さんの反応って、やっぱり違いますか?

 

前田: そんなに変わらないです。字幕なので笑いのタイミングがズレたりすることはあるにはあるけど、意外と変わらないと思います。何人でもそれほど考え方に差があるわけじゃないんだと思います。

 

今泉: 言葉だけじゃないことで表現できてるってことですよね。間の取り方だとか。でも、日本人にしか分からない言葉のニュアンスが、例えば、極端な話、映画は字幕だと6割ぐらいしか届かないっていうのを聞いたことがあって。

 

前田: 翻訳って難しいんでしょうね。例えば日本語の敬語みたいなのは、英語圏やフランス語圏にはそれほどないらしくて。あと慣習なんかも伝わらないです。でも、今は情報がネットとかで共有されてるから、貧富の差がない限り、若者の生活なんかそんなに変わらないんじゃないですか。同じような映画も観てるだろうし。

 

今泉: 『サッドティー』の映画字幕をつける時に聞いた話なんですけど、昔は「富士山」って言葉を「エベレスト」って訳してたらしくて。それって意味も何も変わっちゃうよって思って(笑)そういうところは難しいよなって思いますけど、関係性とかの部分については変わらないのかもしれないですね。

 

 

エチュード(即興芝居)をしながら、片方の役者にだけ耳打ちして指示をして、その時の理解する速さが若い子は全然違って。(今泉)

■役者について

 

今泉: 前田さんは役者もやられてますけど、自分は出たがりなので出演したりもしてて、ある8分間の短篇での自分の芝居があまりに酷くて、自分で編集してて、ピンをボカしたのだけを使ったくらい酷かった(笑) それ以来は自作には出てないんですけど、端役で呼んでもらって出演することは今もあって、それもかなりやばいのに、何故かまた呼んでもらったりして(笑)

 

前田: やばい方がいいからじゃないですか。普通の俳優ってやっぱ整ってるから。今泉さんはきっとスパイスになるんだと思いますよ。

 

今泉: 熊切(和嘉)監督から2年ぶりぐらいにメールがきて、「今泉君、髪と髭は無事?」って(笑) その2週間くらい前に坊主の泥棒の役をやって、髪は無かったんですけど、髭はあって受けたんですけど、それは浮浪者の役だった。泥棒の2週間後に浮浪者ってどうなんだろうって思いながら(笑) しかも、その役は背中からのバックショットだけで(笑) きっといないんでしょうね、そういう役者さんが。みんな整ってるから。それも日本特有で、韓国とかだと、ソン・ガンホみたいな味のある役者さんとかいますけど。

 

前田: みんなちゃんとした人になっちゃうんですよね。プロデューサーの人は「変なのもいるんだよ」って言うけど、会うと違う。みんなちゃんとしてる。求めてるのはもっと人間っぽい人で、街中には沢山いるんですけどね。演劇畑の方が野生に近い人がいると思うけど、やっぱり芸能事務所に入ってない俳優を使うのが面倒くさいんでしょうね。事務所に入る時点でセレクションがあるけど、そこでふるい落とされるような俳優が良かったりする。

 

今泉: 演劇より映像の方が不安定要素は多いのかもしれないですね。

 

前田: 打ち合わせで、高校生の映画を作りたいって話をした時も、例えば、撮影終わった後で親御さんから急にNGが出たり、未成年でもし問題が起きた時に事務所に入ってないと誰が責任取っていいか分からなくなると言われて、確かにそうだなって思って。素人を起用するのはリスクがあるんだなって思いましたね。演劇なんて俳優が来なかったら幕が上がらないし。高校生と演劇を作ってた時に、前日にインフルエンザで1人が出演できなくなったことがあって、演出してた僕が急遽出演ことがありました。高校生役で。見た目かなりやばかったけど、高校生たちはすぐに対応してた。凄いですよ。

 

今泉: それありますよね。若い人の柔軟性とか瞬発力って何なんですかね。

 

前田: 経験がないからじゃないですか。経験って鎧みたいで、何かから守ってくれるけど、動きを鈍らせます。

 

今泉: 山下(敦弘)監督の受け売りなんですけど、稽古やワークショップのやり方が、エチュード(即興芝居)をしながら、片方の役者にだけ耳打ちして指示をして、そのリアクションを見ながらつくっていて、その時の理解する速さが若い子は全然違って。経験のない人の方が、面白いですよね。

 

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言葉にすると、わからないモヤモヤした部分は省かれてしまう。そこを省かずに、そのまま表現するのが芸術の役目だと思います。(前田)

■物語について

 

今泉: 前田さんは台本を書く時のウエイト的に、ストーリーってどれくらいなんですか?

 

前田: そんなに物語は必要ないっていう考えなんですけど、ないとお客さんを引っ張る力がないから。やりたいのは物語ることではないですね。未来には、物語はコンピューターで作れちゃうと思うんです。シチュエーションと登場人物の設定を入れると、何通りものパターンが出てきて、笑って泣ける物語なんて作れるようになる。

 

今泉: ストーリーを考えるのに時間掛けてるのって勿体ないけど、自分はそこにかなり苦労してるような状態で。

 

前田: それをやるんだったら、1人でやらない方がいいと思う。海外のドラマとか観るとストーリーが凄く面白いんですよ。ロジカルに作られている。『24』なんか観ても、これは頭のいい人が複数で作ったんだなって思う。それはそれで凄く面白いんです。でもこの方向はいつかコンピューターに勝てなくなります。将棋を人間対コンピューターでやってるじゃないですか? あれもいつか人間は勝てなくなると思う。けど、コンピューターには出来ないところがきっとあって、だから僕はそこで勝負したいと思う。

 

今泉: すべてをコンピューターでは出来るようにはならないんですかね。

 

前田: ロジカルな部分と、そうじゃないもっと感情的な部分ってあるじゃないですか。僕はいつも考えてるんです、パトスはスーパーロゴスなのか?って。パトス(感情)は凄く細かいロゴス(論理)なのかも知れない。その考えで行くと、感情や欲望なんかも、言葉や論理でいつか説明出来ちゃう。つまりコンピューターが最高の戯曲を書けちゃう。でもそれはなんとなく嫌なんです。たぶん、キリスト教圏の人はそういう考え方なんだと思います。言葉は神だから。だから、日本の「ドラえもん」って不思議で、ロボットがまるで人間みたいに振るまうんです。愛も知ってる。これはパトスがスーパーロゴスだっていう考え方だ。なんでこの物語がこんなに世界中に受け入れられるかが、何かのヒントになるんじゃないかなあと思います。

 

今泉: 「ドラえもん」をそんな風に考えたことなかったです(笑)

 

前田: だから、何人もの頭のいい人がロジカルに作っていったものが最高に面白いってことになっちゃうと気持ち悪いんですよね。悔しい。

 

今泉: いわゆる感動系の大作映画って、そういうロジカルな脚本ありきだったりしますよね。

 

前田: ロジカルに作ったお話っていうのは作り手と受け手が共有しやすい。多くの人に分かりやすいってことですよね。手の込んだロジックじゃないけど、例えば、2時間ドラマってロジカルじゃないですか。感情とかも凄くロジカルに作られてる。殺されたから復讐するとか。でも人間の心ってそんなに単純じゃないと思う。実際の殺人事件とかでも真の動機って分からないと思うんです。秋葉原の通り魔事件も、報道を見ているとなんとなく動機を理解したような気になったりするけど、結局は絶対にわからない。当人にだってわからないかもしれない。言葉にすると、わからないモヤモヤした部分は省かれてしまう。そのほうが伝わりやすいから。でも、そこを省かずに、そのまま表現するのが芸術の役目だと思います。

 

 

震災で娯楽の不要さや滑稽さに気付いたとか言われてましたけど、その感覚は全然なくて、そもそもずっとそれは感じてたことで。(今泉)

■創作するということ

 

今泉: 映画でも今回の演劇でも、オリジナルを書く時って、ゼロから始めることが多いんですけど、前田さんは書く時にネタのストックはありますか?

 

前田: 一応メモとかしたり、案みたいなものはあるんですけど、こういうのを書きたいってのをいざやろうとするとうまくいかないんですよね。プロット通りに書こうとすると駄目で、プロットから外れていった方が面白くなります。でも、プロットを作るのは良くないと決めるのは駄目なんで、色々試してみてはいて、どのやり方がいいんだろうって。結局分かんないんだけど(笑)

 

今泉: 映画の絵コンテもあった方がいいって言われるけど、役者の芝居を見てから良いアングルを決めるって考え方もあるし、方法論は色々あると思っていて。画で魅せる時は、コンテがあった方がスタッフ間で共有できるけど、それって本当にいいのかどうかは分からなくて。

 

前田: 映画は共有しなきゃいけないですもんね。演劇の場合は、俳優と演出家だけ共有できてれば良くて、最悪、仮に俳優と演出家すら共有できてなかったとしてもやれちゃう(笑) 映画の場合はそうはいかないですもんね。いきなり勝手な方を向いて喋られたら、マイクもカメラも困っちゃうだろうし。

 

今泉: 諏訪敦彦監督の『M/OTHER』は脚本が無い映画で、それのメイキングを観たんですけど、本番で役者が好き勝手に動いていいみたいになってて。照明も邪魔にならない位置にあったりして。それは理想郷ですよね。役者の動きに合わせて、スタッフは逃げながら撮ってるんですよ(笑) 諏訪監督は、日本よりむしろ海外で評価されてたりしますけど。

 

前田: そういうのやってみたいです。

 

今泉: ダルデンヌ兄弟もドキュメンタリーっぽく撮っていますけど、リハをかなり重ねてるらしいですね。そうしないと完璧に出来ない。でも、『M/OTHER』のメイキングは衝撃でした。渡辺真起子さんと三浦友和さんのほぼ2人芝居なんですけど、「ダイアローグ」ってクレジットで、監督と2人の名前も入ってて。台本はA4の紙が何枚かなんです。顔合わせか打ち合わせで、三浦さんがそれを見て、「何も無いところからは何も生まれませんからね」って監督に言ってたりして(笑) それに対して、監督が「僕は現時点でこの映画がどうなるか全く分かってません」って返すっていう(笑)うろ覚えですけど。

 

前田: 次の映画でそれをやろうとしたんです。前に高校生と一緒にやった演劇もそういう作り方してて。適当に喋ってもらって、それを取捨選択したり、口だててでセリフをつけて、その場で芝居をつけてくみたいな。それを映画でやりたかったんですけど、やっぱり止めにしました。しっかりした台本を書きます。

 

今泉: その高校生の演劇は、やりながら最終的に台本は書いたんですか?

 

前田: 書かないです。台詞が俳優の頭に入っちゃうから書かなかったです。

 

今泉: 間とかだけは稽古でつける感じですね。今、稽古でやってるエチュードで、役者のその場での言葉が面白いから、これって台本書く意味あるのかなって思いながら、毎回、そんな言い訳をしながらやってるんです。

 

前田: 書かなくていいと思いますよ。

 

今泉: 伸びたりもするので、書いた方がいいシーンもあるとは思うんですけど、準備期間があって、終わりがちゃんと見えてれば、書かないでそういう作り方をしたいなとも思っていて。

 

前田: 1シーンのタイムを計っておくってやり方もありますよ。面白くやれた時のタイムを書き留めておいて、そのタイムより長かったら詰めて、短かったら膨らましてって指示だけをして、会話の重なり方とか話題を出すか出さないかとかで時間調整するんです。俳優は肌感覚で結構分かるみたいですね。

 

今泉: 演劇でもそういうの多いんですかね。映画は、全体の尺が伸びちゃうから、現場でタイムは計ってたりすることは多くて、編集時のことを気にしてのことなんですけど。

 

前田: 演劇では絶対的な尺度として僕はタイムを計ることがあります。時間はぶれないから。このシーンがこれだけ長いと、面白かったとしても全体としてダレそうだなって感じたら、もう少し短くしよう、台詞の回し方を早くしようってなる。

 

今泉: そちらに合わせるんですね。

 

前田: 自分の感覚は日によってズレちゃったりしますから。そういう時に計ったタイムを目安にして。そのために計る時はありますね。

 

今泉: 映画、僕は毎回伸びちゃうんですよね。時間を詰めることで、役者がやりにくくなることも怖いのでどうしても長くなる。

 

前田: 映画の時はそんなに時間を気にしなかったんですけど、TVドラマは時間にシビアですよね。ドラマをやった時に、後から編集で短く摘んでいったんです。そしたら意外とそっちの方が面白くなったりして。映画でも短くした方が良かったって、そこで気付かされたこともあったりして。

 

今泉: ドラマをやってみての発見は確かに自分もありましたね。映画の撮影で、例えば、風が吹いたりとかアクシデントが起きたりするみたいなことを取り入れたりはしますか?

 

前田: 美味しかったら使います。

 

今泉: 自分も現場で奇跡が起これ、起これって思ってます(笑) 何も奇跡が起きなかったら、今日の撮影は台本通りだったなぁって思ったりする(笑) 初めて演劇をやるにあたって、演劇をやってる人達の話になりそうで。絡みのシーンを必ず入れるっていう制約の映画を撮った時、セックス中になんか変なことをしてる気がして途中でやめちゃう、っていうシーンをつくったのと同様に、アンチの視点というか、演劇に否定的なスタンスの人物を登場させたくなるんです。たぶん恥ずかしくなるからだと思うんですけど。農業や建築とかみたいに必要とは言えないもの(演劇や映画)に、何で時間や労力を使ってるのかを問わせることをやりたいと思ってて。明確な答えはないんだけど。映画をつくってる時にもいつも思ってるんです。何でつくってるんだろうって。それを言うと、震災があった時に映画や演劇の自粛がすごかったですよね。

 

前田: 僕は震災の時はそういうことは思わなかったですね。考え方に変化はなかったと思います。

 

今泉: そうなんですよね。震災で娯楽の不要さや滑稽さに気付いたとか言われてましたけど、その感覚は全然なくて、そもそもずっとそれは感じてたことで。むしろ、被災地を回ってる映画があったりして、どんな状況でも娯楽は必要ってことを逆に確認できたりはしましたけど。

 

前田: 僕も作り手の感情としての変化は全くなかったですね。

 

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台詞が言いにくかったら、好きに変えていいって感覚なんですけど、変えてもらって面白くなかった場合の苛立ちはある。(今泉)

■作家と演出家の違い

 

今泉: コメディとか笑いについて、日本映画ってコメディが本当に少ないって思っていて。それこそ沖田(修一)監督はそういうコメディをやってる人だと思うんですよね。そういえば、前田さんが脚本を書かれた沖田監督の映画『横道世之介』を前田さん自身は観てないって記事読みました(笑) その後、観たんですか?

 

前田: 観てないです(笑) 沖田にも観なくていいって言われたので。忙しかったのもあるけど、僕が書いて、変えたいところは変えていいって渡したので、変えてほしくないところを変えられてたら嫌だなって思ってたら、観るタイミング失っちゃって(笑)

 

今泉: 沖田さんとは、いつぐらいからの付き合いなんですか?

 

前田: 中1からの付き合いです。沖田がこんなに有名になるとはおもってなかったなあ。自主映画を撮り始めたってのを聞いて、古館(寛治)さんとか(内田)慈ちゃんとか俳優を紹介したりして。『南極料理人』がヒットして有名監督の仲間入りしましたもんね。

 

今泉: 自分は原作モノの脚本を書くのが不得意で、でも前田さんが以前、「原作がある方が楽」って言われてて、それって、さっきのロジックの話に近いんですかね?

 

前田: 演出家の頭があるからだと思います。僕の思う演出家は通訳みたいなもので、作家と俳優の言語を通訳して、作家と俳優を会話させるみたいな。原作小説がある場合、小説家の言葉をシナリオに翻訳すればいいから、演出家(通訳)の仕事に似てる気がします。 でも、どちらかと言うと僕は作家だと思います。だから作家の言語が母国語の通訳みたいな感じ。で、通訳だから作家の言語を俳優の言語に翻訳する時に、恣意を出来るだけ入れない。演出家の人はそこに自分の何かを込めるんです。だから純粋な演出家の人は通訳というより翻訳家に近いのかなあ。

 

今泉: 何が作家で、何が演出家なのか、自分は分からなくなるくらいで。

 

前田: 僕は演出家ではなくて通訳の仕事しかしてないと思う。純粋な演出家ではない。演出家は翻訳する時に感性を持ち込む人だと思う。シナリオを意訳する。純粋な演出家は、たぶんですけど、そういうやり方をする。

 

今泉: 自分も台詞が言いにくかったら、好きに変えていいって感覚なんですけど、変えてもらって面白くなかった場合の苛立ちはある。でも、どちらかと言うと、自分は作家タイプではない気がしますね。話は変わりますけど、前田さんって、他の方の演劇はあまり観られないんですか?

 

前田: 今はあまり観ないですね。初期の赤堀さんとか三浦さんの作品を観た時は、悔しかったりしました。赤堀さんの『カフェ・モンテカルロ』とかは超面白いなって思ったのは覚えてます。

 

今泉: 山下監督の映画を観た時は、自分がやりたいと思ったことをやっていて、既に有名な人がいたんだって、悲しかったのはありましたね。

 

前田: 今は観て面白かったら嫌なので観ないですね。面白いものはそんなに観たいと思わなくて、変なものは観たいと思うけど。

 

今泉: 変なものというのは、自分とは違うけど、血肉になるようなものってことですか? 

 

前田: そんな感じかなあ。面白いつくりものを観ても一時の満足感はあるけど、真似するわけにもいかないし。ドキュメンタリーの方が観たいかもしれないです。

 

今泉: つくりものは自分だけでいいということですよね。今回の演劇の稽古で、エチュードをしてる時に、18歳の女の子の役者が、「演劇とか映画とか小説とか全然分からないです。ああいうのって、普段の生活に満足してない人がやってるんですよね?」って言い出して(笑) まあ言わせてるんですが。 勝手な想像で宗教っぽいとか、政治の話にもなっていって、その子の「今の都知事わかりますか?」って問いに対して、誰も言葉を返せない。彼女、それに演技というより素で呆れてて(笑)

 

前田: それ面白いですね(笑)

 

今泉: 実際にその時、演じていた男性陣が誰も都知事の名前を知らなくて。その話を家で嫁にしたら、嫁も都知事わからないって(笑) そういう演劇になるかもしれないです。

 

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PROFILE 前田司郎 Shirou Maeda
1977年生まれ。作家、劇作家、演出家、俳優。五反田団主宰。1997年立ち上げ以来、40作品以上を発表しているほか、外部への作品提供や演出を務める。『生きてるものはいないのか』(08)にて、第52回岸田國士戯曲賞を受賞。小説家として『夏の水の半魚人』(09)にて、第22回三島由紀夫賞を受賞。初監督映画『ジ、エクストリーム、スキヤキ』をはじめ、『大木家の楽しい旅行 新婚地獄篇』、『生きてるものはいないのか』等の自作小説が映画化されている他、ドラマ脚本家としても『お買い物』等を手掛け、『徒歩7分』にて、向田邦子賞を受賞した。シティボーイズ ファイナル part.1『燃えるゴミ』の作・演出を手掛けることが決定している。

 

Information
■シティボーイズ ファイナル part.1『燃えるゴミ』(2015年6月19日〜29日)

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今泉力哉 Rikiya Imaizumi
1981年生まれ。映画監督。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。2012年『こっぴどい猫』がトランシルヴァニア国際映画祭(最優秀監督賞受賞)を含む、多くの海外映画祭で上映。ドラマ『イロドリヒムラ』への脚本参加や、山下敦弘監督と共同監督したドラマ『午前3時の無法地帯』、『セーラゾンビ』など、映画以外にもその活動の場を広げている。2014年は『サッドティー』(2013年東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門正式招待)、『鬼灯さん家のアネキ』を公開。来年公開の新作『知らない、ふたり』が待機中。今年5月には、初演出を務める舞台『アジェについて』を上演する。

 

Information
■CINESTAGE vol.1『アジェについて』(2015年5月12日〜17日) ■映画『知らない、ふたり』(2016年公開予定)