(撮影: 木村高典 / 取材・文: 川端哲生)
———前篇が公開されて率直にどんな気持ちですか?
藤野: 公開されて嬉しい気持ちもあるんですけど、その反面、この映画は自分の中での目標だったので、目の前からその目標が消えてしまうという寂しい気持ちもあります。続きも観たいと思える内容になっていると思うので、きっと後篇も観て頂けると思うんですけど、まだ公開前なので少し不安もあって。今は春休み中なので、遊びも勉強も手に付かない感じです。
———家族や友達からの反応はありました?
藤野: 両親、特に母親は前篇だけで4回も観てくれました。両親にはこういう仕事をさせてもらえているという感謝しかなくて、映画の感想までは言ってくれないんですけど、娘を見たいという気持ちだけで足を運んでくれていて、両親は大切だなってあらためて思いました。友達からは、怖いっていう感想が一番多くて。男子なのに最後のシーンで、「キャーッって言ってちゃった」と言われました(笑) 皆、後篇が気になるって言ってくれていて嬉しいです。
———成島監督が、藤野さんは他のキャストに比べて演技経験がないのが良かったとおっしゃっていて、オーディションから長かったと思いますが、振り返って、思い出すことはありますか?
藤野: 周りは演技経験が多い方ばかりで、私は何でこんな出来ないんだろうって悩みました。養成所でレッスンは受けていました。でも、そこでの3年間で私は何を学んでいたんだって思うくらい、周りとの演技力の差を最初感じたので、家に帰って泣いたりもしました。負けず嫌いな性格なので。
———劇中の涼子は戸惑う役柄だったので、そういう葛藤とシンクロしてる部分もあったのかもしれないですね。
藤野: たぶんそうだと思います。ほぼ順撮りだったので、前篇は夏休みの最初の方に撮ったんですけど、弱くて泣いてしまう涼子が多くて、私自身も心の中で泣いてる状態でした。でも裁判を通して私自身も強くなってきたなって思います。不思議に思う部分もあって、裁判での樹理ちゃんとのシーンで、最後に私が泣いてしまったんですけど、300人の傍聴人の前で、実際に検事が本当に泣くのかっていうと泣かないと思うので、監督があれをOKにされたのは、今でも何でだろうって思います。
———あれは台本にあったわけではなくて、自然に出た涙だったんですね。毅然としていて、弱さからくる涙には見えなかったです。
藤野: 監督からは、「涼子を演じることは出来ないんだから生きなさい」って言われていたんです。私生活でも、自分ならこういう行動をするけど、涼子だったらどういう行動をするんだろうって、いつも考えていたからこそ、前篇の自分に近い弱い涼子から、後篇に近づくにつれて、自分自身も成長できたんじゃないかなって思います。
———役名の「藤野涼子」をそのまま芸名にされたのが象徴的ですけど、じゃあ、撮影期間中は、劇中の「藤野涼子」でいたんですね。
藤野: そうですね。どっぷり浸かっていました。内容もシリアスだし、前篇では暗いシーンが多いので、心の中で落ち込んでしまうこともありました。でも、中学生キャストが支え合って、現場は明るい雰囲気だったので最後まで切り抜けることが出来ました。裁判シーンの撮影をした体育館はセットなんですけど、上からの灼熱の照明が熱くてみんなバテてしまっているにもかかわらず、傍聴人のエキストラの方々も私が「藤野涼子」になるまで待ってくださったんです。
———配役が決まる前のワークショプの段階で、裁判シーンは想定していました?
藤野: 原作から削られている登場人物も多いんですけど、ワークショップでは、原作の役名でやっていたので、この映画は裁判シーンがあるんじゃないかっていうのはみんなで予想はしていました。
———母親役の夏川結衣さんが、藤野さんの表情が会う度に変わっていったとコメントされていました。そういう実感ってありましたか?
藤野: それはなかったです。撮影から6ヶ月経って、出来上がった映画を観た時は思いますけど、撮影中は涼子で生きていたから、自分自身では実感はなかったです。周りから顔が変わったとはよく言われたんですけど。困ったなってことは、私は緊張すると瞬きが多くなってしまうんです。監督には、「極力、瞬きをするな」って言われていたので、瞬きをしないようにしていたら、コンタクトが取れちゃったりして困りました(笑)
———柏木(望月歩)から言われた「口先だけの偽善者」という台詞に、神原(板垣瑞生)も涼子も結果的に翻弄されますが、映画で描かれる善悪は曖昧に感じました。藤野さんは登場人物では誰に共感しましたか?
藤野: 終わってみると、やっぱり藤野涼子ってなってしまうんですけど、オーディションの時点では、樹理ちゃんに似てる部分はあるかなって思っていました。あそこまで暗いというかシビアな家庭ではないし、松子に対してきつい言葉を投げかけるようなことはないですけど、本当は親を好きなんだけど歯向かってしまうところとか、自分の心にないことを言ってしまうところに共感しました。
———樹理(石井杏奈)と松子(富田望生)の関係性っていいですよね。樹理は松子に酷い言葉を使ってるようだけど、お互いが必要としてる。周りからすると、いじめの一種にもとれるので、理解されにくいですけど。
藤野: そうですよね。裁判シーンで、大出(清水尋也)君と神原君がやりあって、樹理ちゃんが泣いて倒れるところで、前篇で死んでしまう柏木君と松子ちゃんは出演しないんですけど現場に応援しに来てくれました。そのシーンで、松子の亡霊が樹理ちゃんに話しかけるっていうエチュードをやったんですけど、それで樹理ちゃんが大泣きしちゃって、終わった後に松子が「樹理ちゃん、よく頑張ったね」って、抱き合ってたんです。それを見て、ショックだったのはありました。振り向いて欲しかったなって。
———演じながら、実際に松子に振り向いて欲しいという思いがあったんですね。
藤野: 登場人物には履歴書があったんです。中学生キャストはそれを自分達で考えるように言われて、私が作った履歴書では、小学生の時に涼子は松子と同じクラスで仲良くなって、松子に涼子ちゃんって呼ばれてたけど、今は松子は樹理ちゃんの方へいってるから、藤野さんって呼ばれてるっていう設定だったんです。仲が良かった子が他の子といると嫌じゃないですか。それでショックだったりしました。履歴書を自分で作ったことによって。
———そういう感覚は、女同士ならではで、撮影中、藤野さんが役を生きていたからこそですね。裁判シーンは大変でしたよね?
藤野: 本当は大勢の前で喋ってるんですけど、心の中では、亡霊の松子と柏木君とあと傍聴席の樹理ちゃんの3人に話しかけていましたが、300人の傍聴人に聞こえるように話さなきゃいけないので、それは自分としてはよく分からなくて混乱してしまったりして。弁護士の神原君にもそうだし、色んな人に矢印を向けなくちゃいけなくて、一番難しかったです。
———神原とは、弁護士と検事という対立する関係なんですが、お互い通じ合ってもいて、終盤の展開も含めて、一番対峙するシーンが多かったと思います。板垣さんとのお芝居の呼吸はどうでした?
藤野: 撮影の前に2ヶ月、リハーサルをやっていたんですけど、裁判では一番台詞の量も多かったし、大切なシーンなので、神原君と2人でお芝居することが多かったんですけど、やっぱり刺激し合うライバルだなって思いますね。でも、板垣さんは、映画やドラマにたくさん出演されてたりする分、演技経験があるので、背中を見て追い付けるようにって思いながら、いい関係ではありました。
———藤野さんの言葉に真に迫るような重みがあったので、板垣さんの演技を引き出してるような印象も受けましたけど。
藤野: 監督の言葉で、「ちゃんと台詞を心の中に入れて、その場ではキャッチボールのようにしなさい」っていうのがあったんです。「台詞は間違ったり、噛んでもいから、相手の台詞を聞く事を大切にしなさい」と言われて演技をしていたので、そういう監督のご指導のおかげで出来たんじゃないかなって思います。
———裁判の台詞って日常的な言葉ではないので、特に自然に演じるのは難しいですよね。テイクはたくさん重ねましたか?
藤野: 裁判シーンだけでなく全体的にNGは多かったですし、カット数も多かったので、テイクは重ねました。監督には、緊張するのは何か守るものがあるからで、お前達はまだ中学生だし、守るものはないんだから緊張するなと言われていました。
———いじめの当事者である大出君は陰湿ではなくて率直な男でした。もちろん、いじめは良くないことですけど。検事役だから糾弾する側ではあったんですけど、大出君にはどういう思いで向き合っていましたか?
藤野: そうですね。監督には、自分の役を生きろって言われていて、清水さん自身も撮影以外の休み時間も大出君らしく振る舞っていたので、撮影していない時も近寄り難いって思いがありました。でも、撮影が終わって半年経って、舞台挨拶で会った時に本当に優しい方でびっくりしました。あれは演技だったんだなって安心しました(笑) そういうのを見て、自分もちゃんと役を生きられる女優になりたいなって思いました。
———この映画を境に、女優「藤野涼子」としてやっていくわけですけど、どんな女優になりたいとかってありますか?
藤野: 私の今のマイブームは、読書と映画鑑賞なんですけど、『ソロモンの偽証』に出演する前は、映画も全然観てなかったし、本も数えるくらいしか読んでなかったんです。この映画を経て、映画や読書にやっと興味を持ち始めたので、まだ役者の方がどのように演じているかを分かっていないので、もっともっと勉強して、それから目標にする女優さんだったり、やりたい役柄っていうのを見つけていきたいなって思います。だから今はまだ決められないです。
———演じることや映画の魅力を知った作品でもあったんですね。
藤野: 本当に最初に『ソロモンの偽証』に出演出来て良かったし、成島監督が『ソロモンの偽証』のメガホンを取ってくれて良かったなって思います。監督からは演技が出来なくて注意されたりもしたんですけど、それは演技経験がなくて出来ないから怒られて当たり前で。撮影中は厳しくて怖かったんですけど、こういう映画の宣伝期間を通して、優しくて気さくな方なんだなって知ったので、もっともっと監督と話したいなって思いました。
———藤野さんはこの映画を通して何を感じて、この映画を観て頂ける方々に何を伝えたいって思いますか?
藤野: 私が感じたこの映画のテーマが「家庭環境」と「人間関係」って2つのことで、それで大人でも子供でもない中学生達が変わっていってしまうということだと思うんです。子供を持つ大人の方達が、中学生の頃のように娘や息子も同じことを考えてるかもしれない中、どうやったら人を信じることや希望の光を見せてあげられるのかを家庭で考えられたらいいなと思います。あと、人間関係については、私自身もこの映画に出演する前は、人前で話す事が苦手で、人と関わることがあまり好きではなかったんですけど、人ってこんなに温かくて、大切なんだなって知る事が出来たので、大人の方から同年代の中学生の方達に観ていただきたいなって思います。自分自身が得られたって思うのは、同世代だったり、大人を演じられた豪華な役者の方々から学ぶ事が多すぎて、学ぶことリストみたいなメモをとったんですけど、ノートが全部埋まっちゃうくらい得る事がたくさんあったんです。それを読み返すと、当時に感じてた純粋な思いを今は無くしてるなって思ったりして、本当に大切なノートが一冊出来たなって思います。
———既にもうノートに気付かされることがあったんですね。「藤野涼子」という芸名にするのは、どの段階で決めたんですか?
藤野: 芸名を決めるってこと自体を最初は知らなくて、裁判の終盤くらいになって、「そういえば名前どうする?」っていう話になって、私は「藤野涼子」って名前をもらえることまで思いつかなかったんですけど、監督やスタッフの方から、「藤野涼子でどうだろう?」って言われて、『ソロモンの偽証』という作品は、自分の中で大切で、自分を成長させてくれた映画でもあるので、その思いを忘れたくないなって思って、この名前を頂きました。
———名前が変わるわけなので、この映画が人生の転機でもありますよね。
藤野: はい。この映画で得たものやノートのことも忘れないなって思います。
原作: 宮部みゆき「ソロモンの偽証」(新潮文庫刊)
3月7日(土)前篇・事件 / 4月11日(土)後篇・裁判 全国ロードショー
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