『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』 チェルフィッチュ主宰 岡田利規 インタビュー

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  • 2014.12.23

『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』 チェルフィッチュ主宰 岡田利規 インタビュー

2011年の震災以降、『現在地』『地面と床』と重厚な作品を立て続けに発表してきた演劇カンパニー、チェルフィッチュの新作『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』が、計15都市での世界ツアーを経て、横浜にて凱旋上演された。前2作でのフィクションへの探求を通過して発表された本作は、全編に流れるバッハの『平均律クラヴィーア曲集第一巻』全48楽章に乗せて、日本の現代社会を象徴するコンビニエンスストアをコミカルでユーモラスな筆致で描いた音楽劇。今回、KAATでの公演を目前に控えたチェルフィッチュの主宰である岡田利規を訪れ、話を聞いた。まるで問答のようだった対話の一部をお届けします。

(取材・文:川端哲生)

 

 

「フィクション」が現実の対抗物になると考えたからです。今ある現実だけがあり得べきものというわけでは、決してない。(岡田)

 

 

———震災を体験して、懐疑的だったフィクションに挑んだとおっしゃっていた『現在地』『地面と床』と比べると、今回は、台詞回しもそうなんですが、それ以前の作風に近いように感じて。意識的なものだったんでしょうか?

 

岡田: あることをやってると、そうじゃないことをやりたくなる性分なんですよね。シリアス路線が続いたので、次はそうじゃないもの、疲れないものをやろうと。観る人が疲れるものってこちらも疲れるのでね。

 

———コンディションとか気分に因るところが大きかったんですね。

 

岡田: というかほとんどそれだけですね。

 

———前2作は、芝居調な台詞回しだったように思うんですが、そちらの方が岡田さんの中で特異だったんでしょうか?

 

岡田: 僕も40歳すぎて、20年以上演劇やってますので持ってる引き出しの数もそれなりにあって、それのどれ使うかは気分次第というか。

 

———なるほど。今作は音楽劇ということで、音楽の使い方が特徴的で、バッハの曲にファミコン風なアレンジが施されていて。これは、音楽ありきで劇に起こされたんですか?

 

岡田: はい。『平均律クラヴィーア曲集第一巻』を順番通りに使うことを決めて、そこからクリエーションにとりかかりました。

 

———舞台をコンビニにしたのは、「日本の社会を象徴している」ということですが、コンビニのあるあるネタだったり、特に数値に関しては詳細なものが出てきてて、あれは実体験でなく、事前に調べたりしたんですか?

 

岡田: コンビニという業態の経営のしくみに関する本なんかはいくつか読みました。僕だってほぼ毎日コンビニに行きますけど、それだけではさすがにビジネスの形態は分からないですからね。

 

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———なぜ「日本の社会の象徴」としてコンビニを舞台に選ばれたのかなと思って。

 

岡田: なんでですかね。なぜ携帯電話ショップではなくてコンビニを、と聞かれても答えられないですね。要するになんとなくの、ノリですね。理由は分からないです。

 

———おっしゃる通りです…。キャスティングの経緯ですが、映画監督もされてる太田信吾さんの映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』も拝見させて頂いていて、役者、太田信吾さんについてはどんな印象ですか?

 

岡田: 殺傷能力の高い役者ですね。川﨑麻理子さんと太田くんの二人が今回の座組でいえばフォワード、ツートップって感じです。

 

———イメージなのかもしれないですけど、川﨑さんもチェルフィッチュに化学反応を起こすような方なのかなって思っていて。台詞回しにも、独特な雰囲気があって。経緯はオーディションですか?

 

岡田: 過去の別の作品のオーディションで出会いました。そのときは選ばなかったんですけど、すごく印象に残っていて、今回声を掛けました。

 

———その引っかかった部分はどのあたりだったんでしょう。

 

岡田: 彼女は独特の味わいがありますよね。味わいがある人ってその味わいに甘んじちゃってる人も多いけど、彼女は違う。技術があります。だから、コンビニの話にしようって思った時点で、川﨑さんにバイト役で出てほしいって思ったんです。

 

———ナカゴーにも入団された川﨑さんは、出演された映画で、特徴的な役をやっていたのもあって印象に残っていて。

 

岡田: 映画にも向いてるでしょうね。顔がいいし。ウェス・アンダーソンとか、絶対気に入るんじゃないかな。

 

———分かります(笑)『ライフ・アクアティック』なんか、出てても全然違和感ないです。そうすると、毎回オーディションをするわけではないんですね。

 

岡田: 今回はやってないです。

 

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———実は、2007年に桜美林大学で上演した『ゴーストユース』を観劇していて。

 

岡田: え、そうなんですか? 『ゴーストユース』か、懐かしいな。

 

———当時、演劇をすごく観ていた時期で、あの作品はとても印象に残っていて。桜美林大の学生と作られた作品で、20代なのに35歳の主婦を代わる代わる演じるっていう。

 

岡田: そんな感じでしたね。もうあまり覚えてないですけど(笑)

 

———あの作品に出られていた青柳いづみさんも、じゃあそういった経緯なんですね。

 

岡田: そうです。今回出演してくれてる上村梓さんも『ゴーストユース』出てました。『ゴーストユース』組はね、結構たくさんの子がいろんなとこで頑張ってますよ。

 

———岡田さんが見出したというか、演劇に着火させたのかもしれないですよね。

 

岡田: どうだろう(笑)だったら嬉しいけど。

 

———観劇した側にも衝撃があったので、まさにそれを一緒に作った方々は何かその後に繋がったんじゃないかなって思って。

 

岡田: じゃあ「その後の〜」みたいな特集やってみて下さいよ。

 

———面白いです。その特集やりたい。岡田さんもメインとして。

 

岡田: いや僕は全然サブでいいですよ。遺影みたいな感じで。

 

———(笑) 出される案が面白い。すいません、話が逸れてしまったんですが、チェルフィッチュというと海外公演があると思うんですけど、今回も海外を巡った後の凱旋公演ということで。そもそも海外に向かった経緯を。

 

岡田: 『三月の5日間』で初めて呼ばれたんです。で、行ってみたら、翌年以降もっと呼ばれるようになったんですよ。

 

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———海外の公演を経て、作劇上、何か変わったことってありますか?

 

岡田: たとえば、想定する観客像というのが変わりました。かつては首都圏の小劇場のお客さんが、イコール想定する観客像だったわけですよ。

 

———海外に向かう前は、外国人の方は普通は想定しないですからね。言葉のニュアンスの面もあるんですか?字幕になると思うんですが。

 

岡田: もちろんそれもありますけど、ほかにもたとえば、その社会にとって演劇がどういうふうに位置づけられてるのか、みたいなこともいろいろ違いますからね。

 

———国によって違う演劇の意味合いまで意識するみたいなことですよね。その場合、日本と外国では意識が違うので、海外寄りにするわけではなく、どちらにも通じるものを書かなければって意識なんですか?

 

岡田: 2つのベクトルを作品の中に持たせるという意味ではなくて、分け隔てをしないで済む1つの太いベクトルを探そうとするということですね。

 

———無意識下ではなく、それは意識的にですか?

 

岡田: もちろん。それをやらないと僕にとって非常にまずいわけですよ。

 

———また別の変化として、震災の後に熊本に移住されていて。それも大きいって思うんですが、まず移住されたのは何故だったんですか?

 

岡田: 原発事故の影響です。一種の避難です。

 

———それでも演劇は生まれ育った横浜で上演し続けている。もちろん世界は視野に入れたものだとは思いますが。

 

岡田: それは、ともに作品をつくるメンバーが、僕以外はほとんど首都圏に住んでいるからです。

 

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———移住は震災直後に思ったんですか?

 

岡田: 思ったのは4月です。実際に動いたのは7月でしたけど。

 

———都心からは離れるけど、作風にも影響を与えるようなところもあったってところが面白いなって思うんです。

 

岡田: でも、たとえば失恋みたいな個人的な出来事だって、作品に反映される可能性あるわけでしょ。これはそれと何も変わらないとおもいます。

 

———震災があって、特に直前に作られたものの意味合いが変わってしまったというのは作家や映画監督の方もよく言われてて、ものを作る方なら誰しもあったって思うんです。岡田さんが感じたのも、作品として伝えるメッセージの意味が変わってしまうということだったんですか?それとも震災を前にして、能動的に伝えたい新しい何かが芽生えたんですか?

 

岡田: その二つはどちらもとても重要なことだけど、それぞれ別々のことですね。1つ目はどんな作品にだって言えるでしょ、『七人の侍』を観たって意味は変わるかもしれないじゃないですか、わかんないけど(笑)。僕は、震災直後にポン・ジュノの『グエムル-漢江の怪物-』を観たとき、福島の原発事故の話にみえたんですよね。でも作家本人の意図とは関係ないことですよね。2つ目はこれから新しく何か作る時の心とか思考の状態に関することですよね。それに関していうと、この現状に対して何かを打ち出していくように作品をつくりたいという思いもね、ごく人並みに湧きましたし、あとは、例えば『グエムル』が福島の話になるってある意味、アクシデントじゃないですか。そういうアクシデントが起こりうる可能性を常に勘定にいれて作るような感じもなりましたね。

 

———では、冒頭でも少し触れた『現在地』『地面と床』でフィクションへ挑まれたという変化は何故だったんでしょう?岡田さんは「物語」に対して、演劇を始めた頃からどういう思いを抱いていて、震災で何が変わったのかなって。

 

岡田: 僕は基本的には「物語」をつくることに興味がないんですよ。得意でもない。

 

———鑑賞することとは別ということですよね。

 

岡田: はい。何故「フィクション」に震災以降、興味が出てきたかというと、「フィクション」が現実の対抗物、オルタナティヴになると考えたからです。今ある現実だけがあり得べきものというわけでは、決してない。

 

———なるほど。それは希望を託してると思ってもいいんですか。

 

岡田: 対抗物それ自体の内容が希望に満ちたものである必要は、必ずしもないんですけどね。大事なのは、現実とそれを対置して、両者のあいだに緊張感を生じさせることです。

 

———正反対のものを置くことで、現実を直視して欲しいっていうと言い過ぎですか?

 

岡田: 正反対のものとは限らないですけどね。

 

———現実の理想部分に対して、ちょっと嫌なというか、そうじゃないものを作るみたいなこともあるということですか。

 

岡田: そうかもしれないけど、ここから先はよくわかりません。僕に分かるのは「対抗物」を置くんだということまでです。

 

5

 

 

普通の人が日常の中でやってる動きの方がよっぽどおもしろいって気づいた。それが出発点で、結果こんなことになったんです。(岡田)

 

 

———分かりました。岡田さんは、岸田国士戯曲賞の選考委員をやられていて、2014年の選評で印象的だったのが、受賞作を積極的には推されていなかったんですが、その理由として、戯曲を読んで、これが上演されたことを想像すると観劇したかったとは思うけれど、逆にこの先にこの作品を上演することに意味があるのだろうかと述べられていて。

 

岡田: 今年の受賞作の飴屋法水さんの『ブルーシート』について、そう思いました。もちろん僕の考えは間違っているかもしれないです。未来になれば、おのずとわかりますね。

 

———岡田さんは特に最近ですけど、演劇外の方々と活動されることが多いように思うんです。東京の小劇場との接点をあまり感じなくて。同じ世代の劇団であったり、劇作家の方々に対して、どういった意識がありますか?

 

岡田: 確かにそうですね。あまり接点無いんですよね。まあ、そういうキャラがいたっていいじゃないですか(笑)

 

———それは、時代の特性になるんですかね。

 

岡田: 僕には分からないです。

 

———俯瞰的に見る瞬間もあったりして、思うこともあるのかなって。岡田さんより下の世代への関心はありますか?

 

岡田: ないわけじゃないです。烏滸がましいこというと、僕の影響が悪い方向に作用してなければいいけどと思ったりします。

 

———岡田さんが発明された新しい演技態ってあると思うんですけど、それを生み出された時って、どのようにあの形に向かったんでしょうか。長くやられているので、過去の自分を今は距離を持って見られるのかなって思って。

 

岡田: 若いとき、演劇見ながら、身振りがおもしろくないことが退屈だったんですよ。それにくらべると、そのへんの普通の人が日常の中でやってる動きの方がよっぽどおもしろいって気づいた。それが出発点で、結果こんなことになったんですね。

 

———日常言葉より更にナチュラルな日常言葉ですよね。それに呼応したダンスの身振り。実際に初めて観劇体験した時の驚きは今も覚えていて。先程の、下の世代に悪い方向に作用してるってのはどういう点に感じますか?

 

岡田: 僕がやってることのブラッシュアップとかカスタマイズに終始してるんじゃないかなーということです。なーんてまた烏滸がましいこと言ってしまった(笑)

 

———新しいものを生み出すのはとても難しいことですよね。必ずしもそれだけがすべてではないかもしれないし。

 

岡田: でもやらないと。

 

6

 

———戯曲賞はあくまで戯曲を読むことだと思うんですけど、気になる劇団を観に行くこともありますか?

 

岡田: そういうことはほとんどできてないです。あまり日本にいないし。だから首都圏にいる時はなにかとスケジュールが詰まってしまうし。

 

———先程、「物語」にあまり興味がないとおっしゃってたんですけど、それとは別に、広義でのエンターテイメントって話なんですけど、岡田さんが作られる作品も芸術であると同時にエンターテイメントでもあると思うんです。エンターテイメントに対して、どういう捉え方をされてますか?

 

岡田: その語彙を使ってなにかを考えるっていうことが僕のなかにないのでわかりません。

 

———分かりました。最後に。演劇は劇場に訪れてくれた人々のみに届けるというかけがえない良さと同時に儚さもあって。例えば、面白かった舞台を知人に薦めたい時によくそれを感じます。

 

岡田: 僕、演劇が儚いって思ってないし、演劇は届く数が少ないってことを問題にしたこともないので。

 

———例えば、10〜20日の公演を打つとして、そこに来た人達と瞬間を共有できることが演劇の素晴らしさだと思う反面、限定感もある。これは作り手ではなく観る側の意識かもしれないですけど。

 

岡田: でもそれに関しては、全然どうでもいいような話しかできません。たとえば、観る人がもっと沢山いればそのぶん今より儲かるよな、とかそういうことしか。例えば、ラーメン屋さんって今よりもっと沢山の人に自分の作ったラーメン届けたいって思ってないんじゃないかと思うんですよ。だって、その人は一日中、一生懸命ラーメン作ってて、それ以上は作れないだろうから。チェルフィッチュもそうです。スケジュールぎっしりで、一年のうちのかなりの割合、演劇やって過ごしてますから。

 

———確かにおかしな質問をしたのかもしれないです。というのは、テレビや映画の作り手の方は、画面やスクリーンの向こう側の人を意識するわけで、演劇をやっている以上、会場のキャパの人をイメージしてるわけですよね。ただ岡田さんが先ほど、作る時点で海外公演を意識して、外国の人のことまで考えるとおっしゃっていたので、意識としては、同じなのかもしれないですね。

 

岡田: そうです。まだ生まれてきていない人のことだって考えてますし。

 

———想定するのは目の前の人達だけではないってことですね。そう思います。自分も気付かされました。なぜ演劇が好きなのか、その理由も分かった気がします。ありがとうございました。

 

 

PROFILE 岡田利規 Toshiki Okada
1973年 横浜生まれ。演劇作家/小説家/チェルフィッチュ主宰。活動は従来の演劇の概念を覆すとみなされ国内外で注目される。2005年『三月の5日間』で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005―次代を担う振付家の発掘―」最終選考会に出場。07年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を新潮社より発表し、翌年第二回大江健三郎賞受賞。12年より、岸田國士戯曲賞の審査員を務める。13年には初の演劇論集『遡行 変形していくための演劇論』を河出書房新社より刊行。

 

⇒[公式WEB]
公演情報 『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』国内ツアー

 

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日時:2014年12月12日(金)〜21(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場(横浜)
作・演出:岡田利規
出演:矢沢誠、足立智充、上村梓、鷲尾英彰、渕野修平、太田信吾、川﨑麻里子
美術:青木拓也
衣装:小野寺佐恵(東京衣裳)
舞台監督:鈴木康郎
照明:大平智己
音響:牛川紀政
編曲:須藤崇規

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岡田利規×SOCCERBOY「ポストラップ」
ありがちなラッパーのからだの動きを更新すべく、独自の活動を展開するラッパーSOCCERBOYのオリジナル曲に、演劇カンパニーチェルフィッチュの岡田利規がゼロから振り付ける新作パフォーマンス「ポストラップ」を発表。いまだかつて誰も見たことのないパフォーマンスがここに誕生します。

 

日時:2014年12月23日(火・祝)12:00/14:00/16:00開演
出演:SOCCERBOY
振付:岡田利規
会場: 東京都現代美術館 企画展示室地下2階アトリウム
観覧料:無料(ただし当日有効の「新たな系譜学をもとめて」展チケットが必要です)
定員:各回200名(メールでの事前申込制/スタンディング)
上演時間:20分(予定)

 

*16:00の回は終演後にポストパフォーマンストークをおこないます。
岡田利規×SOCCERBOY 進行:九龍ジョー(編集者・ライター)